8月の米国経済指標が発表された。ロックダウン解除後は景気回復基調にあり、雇用統計も堅調な推移を見せている。とはいえ大統領選が近づくなか、追加経済施策をめぐり共和・民主両党の溝は深く、経済回復の見通しは不透明だ。米国、そして米国株式相場は今後どう展開していくのか。Nippon Wealth Limited, a Restricted Licence BankのCIO、長谷川建一氏が解説する。

米国経済の回復は緩慢…株価の高値波乱の展開か?

■米国経済には明るい材料も多い

 

ロックダウン解除後の6月から7月にかけて、米国経済は景気回復への道を着実にたどってきていた。では、現状はどう見るべきなのか、最近発表された米国経済指標から米国経済の回復の足取りを確認しておきたい。

 

8月も総合購買担当者景気指数PMI(速報値)は54.7となり7月の50.3から大幅に増加した。この水準は、2019年2月のもので、やはり回復傾向が継続している。サービス業PMIで54.8と、7月の50.0から大きく上昇したことが全体の改善に寄与している。製造業PMIも53.6の高水準を維持しており、4ヵ月連続で上昇となった。特に、新規受注指数が54.0と7月確報値の49.7から大きく回復し、2019年3月の水準にまで戻したことが大きい。製造業とサービス業ともに新規受注が増える傾向にあるのは明るい兆しといえるだろう。 

 

(※写真はイメージです/PIXTA)
(※写真はイメージです/PIXTA)

 

最も注目すべき消費については、住宅販売は伸びが顕著だ。市場最低水準にまで下がったローン金利が需要を喚起していることを背景に、住宅市場は活況を呈している。小売売上高も、7月に自動車販売が前年水準を回復するなど消費を牽引し、感染拡大前(2月)の水準を回復した。

 

一方で気がかりなのは、消費者マインドが低い水準で推移していることだろう。コンファレンス・ボード(全米産業審議会)による消費者信頼感指数(8月)は84.8で、前月7月の91.7から2ヵ月連続で低下した。水準としては、2014年5月以来の低水準だ。現況指数も84.2と前月の95.9から急低下し、期待指数も85.2と前月の88.9から低下となり、どうにも冴えない。ミシガン大学による消費者マインド調査でも、消費者センチメントの低下が見られ、消費全体はここに来て改善への足取りが止まった可能性がある。

4ヵ月連続での雇用改善も…米国議会の溝が回復阻むか

■雇用統計も堅調だが…

 

消費に直結する指標として、市場が注目していた米国の雇用統計(8月)は、失業率が8.4%へと低下(前月7月は10.2%)した。非農業部門雇用者数(8月)は前月比137万人増加し4ヵ月連続での雇用市場の改善を示した。

 

トランプ大統領は雇用統計発表後、失業率が予想されていたよりも速いペースで回復し、かつ10%を大幅に下回ったとツイートした。11月の大統領選においてトランプ再選シナリオの重要なパーツは経済回復であり、失業率が低下し、雇用が回復していることは、トランプ大統領にとって願ったりであろう。

 

確かに今回の雇用統計は、雇用市場の改善が着実に進んでいることを示す内容といえる。ただ、雇用の伸びはロックダウン解除直後の改善ペースからは、やや鈍化してきている。前月7月は、非農業部門雇用者数が173.4万人の増加だったことに比較すれば、増加ペースは落ちている。加えて、雇用者数で見るとパンデミック前の水準を1150万人程度下回っている。

 

そこで、雇用市場の改善を後押しするために、追加経済対策が求められているわけだが、米国議会での共和党・民主党の対立の溝は埋まっていない。追加財政政策による刺激なくしては回復の足取りが覚束なくなる、と見る市場参加者は多い。

 

市場全体の労働参加率は61.7%に上昇した。就業比率も56.5%と前月比1.4%上昇したが、パンデミック前の今年2月につけていた61.1%の水準からは隔たりがある。週600ドルの失業手当て上乗せ給付が7月末に期限を迎えて終了したため、モラトリアム的に帰休を過ごしていた人たちが職探しを再開したことが要因と思われる。

 

業種別に見てみると、小売りは24.9万人増、ビジネスサービスは19.7万人増、運輸は7.8万人増と、幅広い業種で雇用の増加が確認された。一方で、外食・レストランなどは17.4万人増にとどまり、前月の62.1万人増からは伸び悩んだ。製造業でも2.9万人増と事前予想の半分程度の増加にとどまった。フルタイムでの雇用を望みながらもパートタイムの職に就いている労働者や、仕事に就きたいと考えているものの積極的に職探しをしていない人を含む、不完全雇用率「U6」は7月の16.5%から14.2%に低下した。

 

ただ、新規失業保険申請件数では、8月22日週では101万件と再び100万件を超えた。8月29日週は88.1万件と戻したものの、一本調子の回復ではなくなっている可能性が高い。先のコンファレンス・ボードの調査に戻ると、職が十分とみる消費者は7月の22.3%から21.5%に低下、就職が困難との回答も7月の20.1%から25.2%に悪化した。この指標は労働省が発表する雇用統計との相関性が高い。所得も、今後増加を予想するとの回答は全体の12.7%にとどまり、7月の14.8%から低下した。減少を見込むとの回答は16.6%で、7月の15.8%から上昇と、厳しい先行き見通しである。

失業保険給付の増額終了により米国民の不安は増大?

■消費の伸びが止まる?

 

前述の通り、個人消費はロックダウン解除後に7月にかけて改善したものの、ビジネスや雇用の環境悪化見通しから、経済の先行きについて消費者の懸念は高まっていることが示されている。消費者の不安は大きく、今後は消費が冷え込むことが予想され、経済が持続的に回復するとの見方に暗雲が漂う。

 

この背景には、経済政策に対する評価が2ヵ月ぶりに悪化し、トランプ政権下では最低水準になったことがある。

 

消費者マインドが遅々として回復が進まないのは、6月半ば以降の感染の再拡大もあるが、失業保険給付額の増額(週当たり600ドル)が7月末に終了したあと、政府・議会が追加支援をまとめることができない状況が相当に影響していると思われる。政治の停滞への不信感は11月の大統領選にも影響が出てくるだろう。

 

政治の面では、両党とも正式に正・副大統領候補を指名、政策綱領も固まるなどし、大統領選挙が活動の終盤に差しかかっているが、米国議会での動きは鈍い。失業保険給付額の増額(週当たり600ドル)は7月末に終了したが、新型コロナウイルスとの闘いが長期化するなかで追加支援の目玉になるという点では、共和党・民主党に隔たりはない。しかし両党間では、追加経済対策の規模を巡って考えの隔たりが大きく、調整がまったく進んでいない。

 

しびれを切らしたトランプ大統領は、失業保険給付を週当たり400ドル増額し12月6日まで継続する大統領令に署名したが、連邦政府支出などの予算編成に関する権限は議会にあるため、大統領権限では事足りないとの指摘もあり、判断も下されていない。

 

なお、連邦政府負担分を利用するためには、失業保険支払いを担う州ごとに、各知事が FEMA(連邦緊急事態管理庁)申請を上げる必要があり、知事の考え方や所属政党によって、すでに対応が分かれているなど、混乱ぶりは消費者の失望を招きかねない状況が続いている。

 

加えて、連邦予算は9月末で年度末を迎えるが、その後の予算は議会を通っておらず、連邦政府機関の閉鎖という事態も懸念される。米一部報道では、ペロシ下院議長とムニューシン財務長官が電話協議で、つなぎ予算を成立させることで非公式に合意に達したと報じられた。このように足元の経済が不安定な状況で綱渡りの状況が続いていて、消費マインドの改善につながるだろうか?

 

■先行きへの警戒感は拭えず

 

企業や家計の景気の先行きに対する警戒心は強い。景気回復はV字型ではなくてU字型になり、より緩やかなペースとなるとの見方が大勢を占めるようになってきている。W字型の回復になるとの悲観的な見方も台頭しかねない。先週、米国株式相場は、3月からの上昇を牽引してきたデジタル産業の主要銘柄が、軒並み一時大幅安となる荒れた展開となった。高値波乱の展開に移行する可能性には十分注意を払っておきたい。
 

 

長谷川 建一

Nippon Wealth Limited, a Restricted Licence Bank(NWB/日本ウェルス) CIO

 

本稿は、個人的な見解を述べたもので、NWBとしての公式見解ではない点、ご留意ください。

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