いい老人ホームだと近所で評判だったのに、入居したら酷い目に遭った――。老人ホーム選びでは口コミがまるで頼りにならないのはなぜか。それは、そのホームに合うか合わないかは人によって全く違うから。複数の施設で介護の仕事をし、現在は日本最大級の老人ホーム紹介センター「みんかい」を運営する著者は、老人ホームのすべてを知る第一人者。その著者が、実は知らない老人ホームの真実を明らかにします。本連載は小嶋勝利著『誰も書かなかった老人ホーム』(祥伝社新書)の抜粋原稿です。

他のホームに移れば自分のやりたい介護ができる?

また、こんなケースもあります。ある入居者はお風呂が好きでゆっくりと時間をかけて入りたいと思っています。しかし、ホーム側の都合なのですが、一日に10人の入居者の入浴があるので、計算すると一人20分しか時間が作れません。したがって、彼にお風呂を長時間独占させておくわけにはいかないので、早々に切り上げるように声掛けをしなければなりません。「もっとゆっくりお風呂に入りたいよ」と訴える入居者に対し、“ごめんなさい”と心の中で謝りながら、次の人を入浴させる準備をしなければならない自分がいるのです。

 

介護職員の多くは、自分がやりたいと考えている介護はこのような介護ではない、自分が正しいと思っている介護はこのような介護ではない、と考えます。そして「きっと他のホームに移れば自分のやりたい介護ができるかもしれない」という思いで退職を決断するのです。

 

しかし、残念ながらその退職が報われるケースは、必ずしも多くはありません。むしろ、「こんなはずではなかった」とか「どこに行っても同じだ」「介護業界には期待はできない」という思いに打ちのめされているのです。

 

つまり、介護職員が仕事を辞める本当の理由は、自身の介護に対する考えや方向性が今のままでは(この会社にいては)実現できないという気持ちが膨らみ、その気持ちが弾けてしまったからなのです。けっして、賃金が安いとか仕事がハードだからという理由で退職をするのではありません。

 

会社のアンケートや行政が実施する職業実態調査などの場合、このような面倒な話をする気にはならないので、「賃金が安いから」「体力的にきついから」という理由で退職を決めたと回答する元職員が多く存在するのだと思います。

 

小嶋 勝利
株式会社ASFON TRUST NETWORK 常務取締役

 

誰も書かなかった老人ホーム

誰も書かなかった老人ホーム

小嶋 勝利

祥伝社新書

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