「トラブルの原因になりがち」税理士が断言したのは…
■特別受益・寄与分を考慮した遺産配分
電話を入れると、由井は面会のアポを早めてくれた。
「何か、ありましたか?」
訊ねられて、美千子が答える。
「すみません。娘が『節税になるから自分に家を譲れ』なんて、思いもよらないことを言い出したものですから」
「同居している一美さんですね?」
「はい」美千子は昨日の出来事を説明した。
「さらに、一太郎は車を買ってもらったことがあるし、次夫は事業の開業資金を出してもらったからと言い張って。自分は同居していて、両親の世話をしてきたのだから、その分も考慮して欲しいなんてことまで……」
由井は大きくうなずいた。
「一美さんがおっしゃっていることの是非は別にして、考え方自体は間違っていません。たしかに奥様を飛ばして子供さんが相続すれば、節税になることもあります。また相続人が得てきた利益や自分が貢献してきたことなどは、遺産分割でも考慮されるものです」
「争族のことを決める時に、そんなことが関係してくるのですか?」源太郎が訊ねる。
「まず、『車を買ってもらった』『開業資金を出してもらった』など、被相続人の生前に特別な利益を受けた相続人がいる時には、その分を無視して遺産を分けると公平とは言えませんよね。そこでこういった利益を『特別受益』と呼んで、その分は相続財産に戻す形で遺産分割を行うことになっています。もらった人は忘れていることが多いので、トラブルの原因になりがちです」
たしかに一美は、ネイルサロンの改装費用のことをすっかり忘れているように見える。
「次に介護や看病の負担ですが、こちらは『寄与分』と呼ばれます。他にも相続人が被相続人の事業を手伝って財産形成に貢献していた場合などには、そういった事情を無視すると不公平な相続になってしまいますよね。そのため寄与分として法定相続分以上の取得が認められています。あと『舅や姑の世話をしてきたのだから……』と長男の妻が寄与分を求めるケースが、ときおり見られますが、長男の妻は相続人ではありません。したがって遺言書がなければ、そもそも相続財産を受け取ることはできません。またこの寄与分も介護の経済的価値や貢献度合いを巡って争いのもとになることが多いので注意が必要です」
■一定の相続分を守る遺留分は「侵さざる権利」
「それでどのようにしてやればいいでしょう?」源太郎が訊ねた。
「一太郎や次夫には支えてくれる妻がいますが、一美は女手一つで子供を育てていかなければなりません。家があれば、安心感は大きいでしょう。それを考慮すると、二次相続まで考えて一美に家を相続させるというのもありかもしれないと思うのです。同居していますから『小規模宅地等の特例』も使えるようですし』
「私は一太郎に残したいわ。昌子さんならお庭を守ってくれそうだし」美千子が異を唱えた。
「そうですね。家についてはすぐに決めなくてもいいことですから、子供さん全員の思いを詳しく聞いてみるのがいいと思います。あと遺産分割の方法を決める際に考慮しておかなければいけないことに『遺留分』というのがあるのですが、ご存じですか?」
源太郎と美千子は顔を見合わせた。
「相続財産は被相続人のものですから、本来は自由に処分できます。しかし『妻や子に1円も財産を残さない』というような遺言書があったら、その後の生活に困る相続人が出てきますよね。そこで、相続人が財産の一定割合について確保するために設けられたのが、民法第1028条にある『遺留分』の制度です。最低限の財産として要求できるのは、母や祖父母だけが相続人の場合は、法定相続分の3分の1。そしてそれ以外は、全体で法定相続分の2分の1となります」
「姉にもその権利はあるのでしょうか?」
「この場合、兄弟姉妹には遺留分はありません。源太郎さんのケースで言えば、美千子さんの法定相続分は相続財産の2分の1ですから、その半分の4分の1。子供さんたちの相続分はそれぞれ6分の1ですから、その半分の12分の1が遺留分となります。金額にすると源太郎さんの相続財産は1億3500万円でしたから、子供さんたちの遺留分は1125万円ですね。最低でもこれだけは確保する遺産分割にする必要があります」