会社から正当な評価を受けているだろうか? 成熟社会を形成する日本においては、「お客様ファースト」ではなく、「従業員ファースト」の会社が勝ち残っていく。その理由とは? *本記事は、弓削一幸氏の著作『「事業再生」の嘘と真実』(幻冬舎MC)から抜粋、再編集したものです。

良い会社を作るには「枠組みだけの人事制度」ではダメ

ある程度の従業員を抱える中小企業であっても、人事評価制度を整備していない企業は少なくありません。制度そのものがない、あるいは形の上では整備されていたとしても十分に機能していないケースが多く、実際には社長自身が個人の裁量で評価や昇給昇格を決め、その基準なき決定に社内で不満が鬱積しているケースはよく耳にします。

 

私がかかわる中小企業も同様に人事評価制度が未整備の会社が多く、コンサルティングの一環で、私が人事制度や採用活動のプランニングをすることがよくあります。

 

中小企業のオーナーや事業再生を担う専門家にも理解してもらいたいのですが、人事制度を作る時には、人事制度という枠組みだけを考えていたのでは、決して良い会社にはなりません。

 

また、広義の人事制度にはリクルーティングも含まれますが、近年では、マーケティングやPRの考え方がないと上手くいかなくなってきています。サービス業を中心になかなか新卒社員を確保できないと嘆く中小企業は毎年増えています。

 

そのような厳しい採用活動の中、自社を選んでもらうためには自社の価値を上手く情報に載せる必要があります。マイナビに登録したから安心だというような時代はとうに過ぎているのです。マイナビを使うのであれば、どんな情報をどのような表現で伝えるかで会社説明会への参加希望者数は大きく変わります。

 

人事専門のコンサルタントの多くが専門家として人事問題に対処し、人事制度を設計します。しかし、人事という一つの専門分野だけからの思考で本当に良い会社になるでしょうか? 部分最適も良いところだと思います。

 

ここに書いたように、ブランディングのノウハウや、会社の価値を上手く伝えるマーケティングコミュニケーション能力、PR企画力などの複合的な知識がないと人事制度の設計も上手くいかない時代なのです。

「自社の社員」に向けたブランディングも実施すべき

例えば、ブランディングを志向するような中小企業においては、ブランディングと人事制度は相互に密接に関連します。ブランディングと言えば外向きのブランディング、つまり顧客等の企業の外部に対して、自社を好きになってもらうための一連の活動だと誤解している経営者が非常に多くいます。

 

しかし、よく考えてみてください。自社の社員に好かれていない会社を、外部の人が好きになるでしょうか。そのような状態で外向きのブランディングを実施しても上手くいかないでしょうし、短期的に成功してもすぐにメッキがはがれてしまいます。

 

SNSなどがここまで広く社会に浸透した現在では、社内と社外の境界線はないものだと考えたほうがいいのです。

 

外側に向けたブランディングを実施するならば、同様に内側つまり社員に向けたブランディング活動も同様に重要で、外向けのブランディングと内向けのブランディングを同時並行で実施しなければなりません。

 

人事評価制度も、自社のブランドを作っていくためには、このような社員に育ってほしいという思いが制度の中に織り込まれる必要がありますから、ブランディングと人事制度は切っても切れない関係にあります。

「成果育成型人事制度」で重視される4項目とは?

私は再生案件に携わる中で人事評価制度の設計をすることがよくあります。その際、先にも述べたようにブランディングとの兼ね合いから、将来どういう社員に育て上げるのかという視点、つまりどのような評価項目を設けるのかがとても重要なテーマとなるのです。

 

基本的に、日本という成熟社会において、毎年右肩上がりに会社の利益が増えることを前提とした人事制度は作るべきではありません。全ての社員の給与ベースを一律に上げることは不可能です。そこで、成果を出した社員には厚く応える一方で、そうではない社員には応えないというのが大きな方針になります。

 

成果を出した社員には厚く応える。 (写真はイメージです/PIXTA)
成果を出した社員には厚く応える。
(写真はイメージです/PIXTA)

 

人事評価制度における具体的な評価項目は、大別すると一般的に次の4つの区分になります。

 

①期待成果:会社から期待される成果の達成度合い

②重要業務:期待成果達成のために、会社が従業員に最も期待する仕事のやり方

③知識・技術:重要業務達成のために、会社が従業員に期待する知識や技術

④勤務態度:規律性や積極性など、会社が従業員に期待する仕事に向き合う姿勢

 

こうして4つの区分で総合的に評価する制度を「成果育成型人事制度」と呼びます。実績を重視する成果主義でもなく、旧日本型経営の年功序列でもなく、会社が望ましいと思う社員を育て上げ、結果として会社の業績(成果)が上がることを目的としています。

 

4つの大項目は各々が独立しているのではなく、「期待成果」の達成には「重要業務」で示される仕事のやり方が必要とされ、その「重要業務」の遂行に必要な知識等が「知識・技術」で求められるという形になっています。そして最後に、上記の3つの項目に臨むための姿勢として求められる項目が「勤務態度」です。

評価項目を絞ることで、社員の成長を早める

こうした構造を理解すると、評価項目として評価される対象はすごく限られたものになることが分かります。上から下へ同一のことを評価する構造になっていますので、個々の具体的評価項目としては16~20個程度あっても、実質的には4~5個くらいしか評価できないのです。

 

そして4つの大項目をブレイクダウンして、各々4個程度の具体的評価項目を設定します。それ以上の評価項目を列挙してしまうと、評価される側からすれば、自分はどの項目に重点を置けば成長できるのか、会社に貢献できるのかが分からなくなり、日常の仕事をしながら特に意識するべき点にフォーカスできないため、成長が遅くなってしまいます。

 

言い換えれば、会社から期待されている点は現時点ではこれだけなのだ、今はこれさえ集中してやればいいのだと理解させることで意識が集中し、成長が早まります。

「評価項目が多い」=「適正・公平な評価」ではない

時々もっと多くの評価項目がないと適正な評価にならない、不公平が生じるとの意見をもらいます。しかし「適正な評価」とは何でしょうか。「評価における公平」とは何でしょうか。

 

評価項目は会社の求める人材を念頭に置いて決定します。10年後にはこんな従業員で溢れ返る会社にしたいという経営者の人材に関するビジョンが先にあります。その人材に関するビジョンは、会社のビジネスに関するビジョンを設定すると自然と決まってきます。そして、人材に関するビジョンが決まると、各々の評価項目として記載するべき項目が決まります。

 

ここまでで適正や公平などという概念は出てきません。それらの概念が顔を出すのは、このように決定した評価項目について、「どれくらい公平に、ルールに従って評価できるか、その評価の結果を適正に昇給や昇進に結び付けるか」という運用のフェーズになってからです。評価項目の多い少ないが、「適正・不適正」や「公平・不公平」の話にはなりません。

 

また、50以上の評価項目がある評価制度を持つ会社を今でも見かけますが、日常業務をこなしながらその全てに意識を傾けるというスーパーマンのようなことが人間に可能でしょうか。絶対に不可能です。こういった評価制度を持つ会社は、「当社は客観的な評価をしていますよ」という形だけを見せて従業員を納得させているだけで、従業員の成長や幸せは何ら考えていないのです。

人事評価制度とは「社員の生活を豊かにする」もの

本気で従業員の成長、つまり、ビジネスマンとしての成長、人間としての成長を考え、その結果が会社の業績アップのみならず、従業員の人生を幸せなものにするのだという強い意志があるならば、このような人事評価制度にはなりません。

 

「人事評価制度を通じて、社員の生活を豊かなものにする」

 

このような素敵な「人事制度に関するビジョン」を持つ会社は成長し、社会に貢献できる会社です。「お客様ファースト」は間違いで、「従業員ファースト」の会社を目指すべきです。

 

 

弓削 一幸

株式会社Corporate Solution Management 代表取締役

公認会計士

 

本記事は、2017年5月26日刊行の書籍『「事業再生」の嘘と真実 』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

「事業再生」の嘘と真実

「事業再生」の嘘と真実

弓削 一幸

幻冬舎メディアコンサルティング

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