新型コロナウイルスの猛威は衰えを知らず、第2波、第3波の到来も危惧される状況が続く。この時勢、パンデミック客船「ダイヤモンド・プリンセス」の実態を明らかにした神戸大学医学部附属病院感染症内科・岩田健太郎教授が提言する「病の存在」は、まさに今議論されるべきテーマと言えるだろう。本連載は、岩田健太郎氏の著書『感染症は実在しない』(集英社インターナショナル)から一部を抜粋した原稿です。

「パンデミック客船」の杜撰な感染対策

クルーズ船、ダイヤモンド・プリンセス号でCOVID19感染のアウトブレイクが疑われたとき、決断は困難であった。まず、乗客・乗員を下船させるか、船に留めるかの難しい局面があった。下船させれば日本国土での感染拡大のリスクがあり、船に留めれば船の中での感染拡大のリスクがあった。ジレンマである。どちらの策がベターな策か、クルーズ船は感染症アウトブレイクをしばしば起こしており、そのリスクは専門家に認識はされていたが、どう対応するのがベストな対応かについては学術的な知見に乏しい。決断は困難であった。

 

(※写真はイメージです/PIXTA)
(※写真はイメージです/PIXTA)

 

が、下船させないと決めたのであれば、そこで科学的プリンシプルを発動させるべきであった。「船内の二次感染は絶対に起こさない」である。14日の検疫期間は「14日の間、二次感染が起きていない」ことが前提で設定された14日間である。もし、途中で二次感染が起きてしまえば、この14という数字は意味を失い、隔離期間の延長を強いられる。それは、乗客・乗員に対する過大なストレス要因だ。よって、船から下船させないと決断した時点で、関係諸氏は覚悟を決める必要があった。断固として二次感染は起こしてはならない、という。

 

しかし、現実はグダグダであった。乗員は船の中で仕事を継続せねばならぬ、という言い訳で、彼らは自由に船内を歩き続けた。彼らこそが二次感染の原因となっていたことが感染症研究所の報告で明らかになっている。

 

船内でPCR検査を行うと相当数の乗客・乗員がコロナウイルス感染を起こしていることが明らかになった。これが検疫前の感染なのか、検疫後の二次感染なのか、判断する必要があった。前者であれば、多数の感染がすでに起きていることを意味しており、クルーズ船に大量の人間を留めおくことが危険であることは察知できた(死亡リスクの高い高齢者が多いこともポイントだった ! )。よって、方針転換、下船をすすめることが必要だった。

 

が、できなかった。日本政府の歴史的弱点はプランAを作ってしまうと、そのプランにしがみつき、その誤謬を認めてプランBに方針転換ができない点にある。古くはノモンハンの戦闘やインパール作戦の失敗など、同じ構造で失敗している。「失敗の構造」だ。逆に、検疫前の感染がそれほどでもないと仮定すると、PCRが次々と陽性になるのは「二次感染が起きている」と判断せざるを得ない。感染管理の失敗である。ぼくが観察したように、クルーズ船内は安全であるべきグリーンゾーンと安全ではないと判断すべきレッドゾーンが混交しており、「ぐちゃぐちゃ」な状態になっていた。

 

前述のように「二次感染が起きない」前提を貫くなら、このようないい加減な体制こそ全否定しなければなら なかったのだが、「異論は認めない」「皆の団結が最優先」という戦時を想起させる全体主義的エートスの中では、異論を唱えることすら悪であった。国際医療福祉大学の和田耕治教授とクルーズ船内で議論を交わしたが、彼もクルーズ内の感染対策に不備が多いことに気づいていた。船内のクルーから得た情報でも感染対策が穴だらけであることが指摘されていた。が、そういう懸念は全て無視された。プランAが発動された以上、そのプランA は無謬でなくてはならないからだ。

 

国立国際医療研究センターの専門家は二次感染が起きていることを2月10日の時点で警告していた。が、「素人」の厚労省は専門家の意見を無視したのだ。プランAは無謬でなければならなかったのだから。専門家の意見を素人が無視する。プランAの無謬性の保持のために。

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感染症は実在しない

感染症は実在しない

岩田 健太郎

集英社インターナショナル

インフルエンザは実在しない!生活習慣病も、がんも実在しない!新型コロナウイルスに汚染されたクルーズ船の実態を告発した、感染症学の第一人者が語る「病の存在論」。検査やデータにこだわるがあまり、人を治すことを忘れてし…

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