S藤さんは近居の次女夫婦に助けを求め、押し問答の末になんとか帰ってもらいましたが、S藤さんと次女夫婦は魂が抜けたようにぐったりしてしまいました。この出来事に危機感を覚えた次女は、インターネットや書店で相談できそうな先を探し回り、筆者の事務所に行きついたとのことでした。
筆者は早速、S藤さんの自宅を訪ねて不動産等の財産評価を行いました。その結果、相続税がかかる額ではないことが判明したため、アパート建築のような節税対策の必要はないとお伝えしました。
相続税はすべての人に発生するものではなく、法律で定められた「基礎控除」を超える分についてのみ課税されます。つまり、相続財産の金額が基礎控除内に収まるなら、相続税の支払いは不要なのです。
「土地があればだれにも高額な相続税がかかってしまい対策が必要だ、アパートを建てておかないと大変だ、と思っていたのですが、相続税がかからないこともあるのですね」
S藤さんは、「本当に相談してよかったわ…」と、ホッとした表情を見せました。
遺言作成者:S藤F美さん・70代
推定相続人:長女、次女、三女
老後を託す次女には、自宅と少し多目の現金を渡したい
相談を進めるうち、S藤さんの財産を3人のお子さんにどうやって相続させるか、そちらを明確にしたほうがいいと思い、筆者からご提案したところ、「じつはそのことも、ずっと気がかりでした」と、胸にしまっていた気持ちを伺うことになりました。
S藤さんに万一のことがあり、相続が発生した場合、現状のままではもめる要素が残ります。なぜなら、3人の姉妹はいずれも嫁いでおり、だれも母親と同居していません。不動産はどうするのか、お墓はどうするのか等を決めておかないと、争いに発展する可能性がぬぐえません。
S藤さんはあらためて、将来を決めるため、3人の娘たちと話し合いをすることにしました。
長女と三女は隣県に暮らしており、行き来に支障のある距離ではありません。しかし、嫁ぎ先の両親や配偶者のきょうだいと同居しているといった事情もあり、もしS藤さんになにかあっても、自分たちが引き取って介護等をすることはむずかしいと思う、と打ち明けてくれました。一方、近居する次女は、S藤さんの老後の面倒を看ることや家やお墓を守ることを了解してくれました。次女の配偶者は次男であり、配偶者の父親はすでに他界、母親は長男夫婦とともに飛行機の距離の場所で暮らしています。
こうした話し合いを経て、S藤さんは遺言書を作る決断をすることができました。
遺言書の内容は、面倒を看てくれる次女に不動産と少し多めの現金、長女と三女はいずれも等分の額の現金としました。そのように決めた事情についても、付言事項に加えました。
「次女は、斎藤の家を継いでお墓も守ると申し出てくれましたが、結婚して名前が変わっています。孫を私の養子にして、斎藤の名前を継いでもらうことは、むずかしいですかね…」
筆者からは、ある程度の年齢になっている孫の人生にも影響があるため、そこはこだわらないほうが現実的では…とお話したところ、納得した様子でした。
「無事に遺言書ができあがって、これで姉妹3人が仲たがいする心配もなくなりそうです。安心して老後生活を送ることができます」
庭の空きスペースへのアパート建設の話から、遺言書の作成という着地点まで紆余曲折ありましたが、S藤さんがこれから心配事に煩わされることなく、毎日を平穏な気持ちで送ることができるようになり、筆者としてもひときわ安堵したケースでした。