住み慣れた実家を相続したい兄に、弟たちから不満噴出
母親が90歳を過ぎたころから、弟たちはしばしば「母親が亡くなったあと、実家の不動産をどうするのか」という話を持ち掛けるようになりました。弟たちはみんな、S本さんが住み続けることには不満を表していて、遺産を等分に分けることを希望しているというのです。
長男としてずっと母親と同居し、生活のすべてを支えてきたS本さんからすれば、自分が自宅を相続するのは当然だと考えています。
「弟たちはあれこれと文句をつけていますが、独身時代はずっと弟たちの生活費を出してきましたし、母親の生活も支えなければなりませんでした。自分の家庭に不満があるわけではありませんが、結婚だって自分の自由にはならなかったのですよ。僕はいろいろあきらめてきたのです。弟たちはみんな、母親と僕のお金で青春を謳歌して、好きな相手と恋愛して結婚して、気に入った場所に家を建てて、人生になんの制約もなかったんですから。弟たちは生活に困っているわけでもなし、僕が実家に暮らしたって、どうってことないじゃないですか」
母親も、ずっと家族を支えてくれたS本さんにはとても感謝している様子です。
「R一郎には苦労をさせました。母親がいうのもなんですが、子どもたちはみんなできがよかったのですよ。とはいえ、国立大学でも全員を卒業させて、そのあと就職させるのは大変でした。R一郎は大学時代もずっと建設現場で働いたり、家庭教師のアルバイトをしたりして、弟たちの生活費の足しにしてくれました。就職してからはほとんど父親代わりになって、家族を支えてくれたんです。私たち家族のことがありましたから、自分の楽しみは全部おあずけになってしまい、本当にすまないことをしたと思っています」
S本さんは、弟たちといまさら財産分与で争うのを避けたく、母親と相談して、遺言を書いてもらうことにしました。母親が「不動産は長男に相続させる」と遺言しておけば、これまでどおり自宅に住み続けることができるからです。弟たちには母親の保険金や預貯金を相続してもらえばいいと考えています。
筆者がS本さんの母親に話を聞いたところ、「S本家を継いで、土地やお墓を守ってくれるR一郎に相続させたい」ということでしたので、同居の長男に自宅不動産を相続させるという内容の遺言は、親の気持ちを反映した、ごく自然なものであるといえます。
その後、筆者のアドバイス通り、S本さんと母親は公証役場へ出向き、長男に不動産を相続させるとした公正証書遺言書を作成しました。
しかし、課題はまだ残っています。上述したように、母親の財産の多くは自宅不動産が占めるため、S本さんがひとりで不動産を相続すると、弟たちに保険金や預貯金を等分に分けたとしても、その金額は遺留分よりやや少なくなってしまうのです。それに、現在母親の手元にある預貯金も、今後の介護費用等でさらに減るかもしれません。