「それを早く教えてくれれば…」と思ったら。
■大切なのは二次相続までを見据えた対策
「老後資金やへそくりのことを考えると、私の相続について対策を練るはずが、何だか妻のことも同じくらい重要みたいですね」
思わず源太郎が漏らした言葉に由井がうなずいた。
「まさにその通りです。両親のどちらかが亡くなった時の相続を一次相続、片親から子供世代への相続を二次相続と呼びます。亀山家の相続対策を立てる時には源太郎さんだけでなく、美千子さんが被相続人となる二次相続までを考えることが大切なのです」
「そういうものなのですか」
「はい。実は配偶者には『1億6000万円、もしくは法定相続分のどちらか高い方まで』、というとても大きな控除枠があります」
「他の相続人と扱いが違うのですか?」
「配偶者には財産の形成を助けてきたという功績があると認められているため、いわば特別扱いされているのです。亀山さんのケースなら、相続財産は美千子さんのへそくりを足して、1億3500万円ほどになります。奥様の法定相続分はこの半分の6750万円です。従ってより大きい方の1億6000万円までが配偶者の控除枠となります。美千子さんが財産をすべて相続すれば税金はかかりません」
「なんだ。それを早く教えてくれれば相続税対策は必要なかったのに」
もともと、家は美千子に残すつもりだ。その他の預貯金なども美千子が一人で相続すれば、老後の生活資金に困ることもないだろう。由井は首を横に振った。
「ただその場合、二次相続の時に大きな税金がかかることになります。二次相続の時には美千子さんはいませんから、もう配偶者の特例は使えませんし相続人が減るため控除枠も小さくなりますから。亀山さんだけでなくどんな方も、1億6000万円まで配偶者が相続財産のすべてを相続するか、一部を子供さんたちに渡すか、二次相続をにらんだシミュレーションを専門家に依頼するのがおすすめです」
■生前にとるべき六つの対策
自分の相続について考えるだけでもどうすればいいのかまとまらないのに、美千子の相続についても一緒に考えなければならないとは。相続とはなんと難しいものなのだ……腕組みして考え込む源太郎に、由井が声をかけた。
「大丈夫ですよ、亀山さん。簡単に言えばやることは六つしかありませんので」
そう言うと由井はホワイトボードに大きな字で書き始めた。
① 相続人全員が納得するよう公平に分割する
② 自宅や自社株などの分けにくい財産をどうするのか早めに決める
③ 生前贈与を活用する
④ 家族信託を検討する
⑤ 遺言書を作成する
⑥ スマートノートを作成する
「以上です」
「三つ目まではわかりますが、四つ目の『家族信託』というのは?」
「相続に直接関わるものではありませんが、これから老後を安心して過ごすためにはぜひとも検討しておきたい制度です。認知症などでお金の管理や法律行為ができなくなった時のために、家族の誰かにそういった権利を預ける契約を結んでおくのです」
源太郎の脳裏に、経過観察が必要と言われた血栓のことが浮かんだ。あれ以来、ちょっとしたど忘れにもヒヤリと背筋が冷たくなる。