「へそくりあったの⁉」妻の隠し口座にはなんと…
■相続における「妻」の財産
「私の方からも一つお聞きしていいですか?」
ふと表情をあらためて、由井が言った。
「簡易チェックシートを見ていて気になったのですが、奥様の財産はないのでしょうか?」
「預金保障を考えて妻名義にしてある預金は現預金の中に入れていますが」源太郎は答えた。
「そうではなく、いわゆる『へそくり』のことをお聞きしたいのです。ご主人がいる場所でお聞きするのは配慮に欠けると思われるかもしれませんが、へそくりは相続税の対象となるので早めに把握しておかねばなりません」
美千子がうつむき、もじもじと両手をこすり合わせた。
「やはり、あるのですね?」
「はい……」小さく美千子がうなずく。
「おいくらほどでしょう?」
「投資信託なのですが、えーと、たしか2500万円ほどになっています」
「そんなに……」想定外の大きな数字にまたしても源太郎は絶句した。
「でも私の財産です。やり繰りして貯めたお金を長年の間にうまく運用して増やしたのは私ですから」
「ただ、その元手はご主人のお給料から貯めたものですよね?」
「それは、そうですけど……毎月3万円ずつコツコツと30年間貯めてきたものです。やり繰りを工夫するのだって、大変なんですよ」
同情するようにうなずいて由井が言った。「だとすると1080万円になりますね。それだけ貯められるのは大変だったでしょう。ご苦労はお察しします。ただ残念ながら、税務上、美千子さんのへそくりのうち、原資の分はご主人の相続財産ということになります」
「そんなぁ」美千子が肩を落とす。
へそくりの大きさには腹が立ったが、その落ち込みようがかわいそうで源太郎は思わず由井を問いただした。
「それはおかしいんじゃないですか? 妻の財産は夫のもの、ということなのですか?」
「そうではありません。たとえば、奥様がパートで稼いだお金や親族の相続で得たお金などは奥様のものですから、ご主人の相続財産とはなりません。しかしながら美千子さんのへそくりのように運用されている場合、その原資についてはご主人の相続財産と見なされ、相続税の課税対象になるのです。一方、投資信託をうまく利用して増やした分については、すでに課税されているので相続財産になりません。諸事情を考慮して1000万円をご主人の相続財産に入れましょう。夫の預金残高と比較して、専業主婦の美千子さんの財産がある程度の金額になっている場合は、後で税務調査の対象になる可能性が高いからです」
「ということは、それを加算すると相続税が増えるのでしょうか?」
由井は電卓をパチパチと打ち数字をメモした。さらにもう一度検算してからその数字を読み上げた。
「美千子さんのへそくりを入れると一次相続の納税額は525万円になります」
「そんなに?」期せずして夫婦の声が揃う。
「はい。ただし、円満相続ができればこの額は41万円にまで下がります。さらに美千子さんの財産を子供さんたちが相続する時には、トラブルが起きると706万円かかりますが円満に相続できれば249万円に抑えられます」
「本当ですか?」源太郎が訊ねた。
「仲良く分けられるかどうかでそんなに納税額が違うなんて信じられませんが」
「相続税法には利用することで税額を抑えられる特例がいくつもあります。ただしこれを使うには、相続開始から10か月以内にきちんと遺産分割を終了して相続税を納付する必要があります。相続人全員が納得できる分割でなければこの特例が使えないので、税額がふくらんでしまうのです」
「節税のためにももめない相続が大切ということなのですね」「その通り。円満相続は究極の節税であり、相続における真のゴールとも言えるものなのです」