コリアンタウン「新大久保」日本有数の多国籍街、住み心地は?

どこの街に住むかの選択は、仕事やプライベートに大きな影響を与える。さらに家賃が家計支出の大きなウェイトを占めることを考えると、居住地は資産形成までも左右するといえる。総合的に考えて住みやすい街はどこなのだろうか? 20代後半から30代前半の単身会社員の住み心地を考えていこう。今回取り上げるのは、JR山手線「新大久保」。

新大久保が「コリアンタウン」になるまで

「新大久保」は東京都新宿区に位置する、JR山手線の駅です。1日の乗車人数は5万弱。山手線駅の単独駅は、ほかに「目白」だけです。

 

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駅があるのは新宿区百人町。その地名は、江戸時代、防衛のために「鉄砲組百人隊」が配備されたことに由来します。また百人町の東にあるのが大久保。地名の由来は、かつて大きな低地=窪地があったからなど、諸説あります。

 

今でこそ24時間営業の店が多く、国際色豊かな街となった新大久保ですが、終戦までは華族や実業家の邸宅が並ぶ高級住宅街として知られていました。また小泉八雲や国木田独歩、島崎藤村など、多くの文人も住居を構えていたことでも有名です。街の歴史を伝えるものとしては、ギリシャで生まれ、大久保1丁目で終焉を迎えた小泉八雲の「小泉八雲記念公園」があります。

 

大久保の街は、東京大空襲で全域が壊滅。その後、1950年、駅近くロッテ新宿工場が誕生します。山手線に乗っていると「チューインガム」という大きな看板が見えた光景を覚えている人も多いかもしれませんが、ロッテ新宿工場は2013年に閉鎖。2017年に取り壊しになりました。

 

多国籍化の第一歩は、ロッテ新宿工場の誕生よりもさらに前の1935年。新大久保の隣、北新宿に「国際学友会」が設立され、留学生の受け入れの窓口になりました。そのため、周辺に多くの留学生コミュニティーが作られたのです。さらに1983年、当時の中曽根首相が「留学生10万人計画」を打ち立てたことで、新大久保から高田馬場のエリアに、日本語学校など外国人向けの専門学校が増え、多国籍化に拍車がかかります。

 

また歌舞伎町に隣接するという場所柄、ラブホテル街が形づくられたりと、街は独特な雰囲気を醸し出すようになります。

 

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著者紹介

連載データから紐解く「住みやすい街」

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