30代後半の「長男」に事業を譲ったワケ
F社は、土木関係の建築会社であり、創業者のS氏が一代で育て上げました。高度経済成長期に事業をどんどん拡大するも、バブル期にはしっかりと地元に根差して経営を行ったため、バブル崩壊後も業績は大きく下降することなく、いつしか地元では知らぬ人がいないほどの企業となりました。
60代となったS氏は、経営者としてもっとも脂に乗り切った時期にありましたが、「そろそろ一般企業で定年を迎えるような、いい年だから」と、事業を長男のT氏に譲ることにしました。
T氏は30代後半であり、経営者としては若いですが、建築系の大学を卒業してすぐに父親の会社に就職し、現場仕事を経験してきたこともあり、S氏の側近の従業員からも可愛がられる存在でした。
S氏は地域の名士として名高く、経営者としてもカリスマ性があり、社内の信頼も絶大でした。本人も自らの持つ影響力をよく理解しており、事業承継後に会長職などには就かず、取締役も辞任して経営に影響を与えない一従業員として会社に残るという選択をしました。つまり、経営権をほぼすべてT氏にゆだねたことになります。
T氏は父を非常に尊敬しており、業務の継承なども互いに配慮しあいながら行われたため、かなりスムーズに進行していきました。他の取締役や従業員もT氏に対し好意的であり、継承後も何の問題もなく事業が続いていくと考えられていました。
ところが、父の安定経営の路線を引き継ぐと思われたT氏は、新体制に移行するなり積極的な拡大路線を選択。新たな業務分野にも手を出し、経営の多角化を図ったのでした。
従業員として見守り、時にはアドバイスをしていこうと考えていたS氏は、慌てて息子をいさめ、やみくもともいえる事業拡大がどれほどリスクのあることかを説いて聞かせましたが、父を敬ってきたはずのT氏は、この助言に耳を貸しません。他の取締役や古株の従業員たちもはじめから拡大路線に懐疑的であり、たびたびT氏に拡大路線をやめるよう忠言を行いましたが、これもT氏に聞き入れられることはありませんでした。