景気低迷、コロナ禍、少子高齢化・多死社会の到来…。悩み多き現代、心を健やかに保つには、周囲の人たちとの絆だけでなく「お互いを支える技術」が大切です。ここでは、医師として終末期医療、緩和ケアの第一線で活躍し、患者やその家族と深い信頼関係を築いてきた筆者が、相手に寄り添い信頼関係を深める対話術、「傾聴」を軸としたコミュニケーションスキルを紹介します。※本記事は、『傾聴力 相手の心をひらき、信頼を深める』(大和書房)から一部抜粋・再編集したものです。

葛藤や煩悶の先に見える道

誰にも、いくばくかの後悔は必ず残ります。けれどもそれを受け「止める」ことはできるでしょう。

 

そうだ、治らないんだ。

そうだ、死ぬんだ……。

……死にたくない。

……私はどうしたらいいんだ?

 

その葛藤や、煩悶の中に、時として新しい道が浮かび上がるのです。受け止めつつ、何が自分にとって最良なのか考え始めるのです。

 

私はそれを援助する側が無理やり「仕向ける」ものでは断じてないと思います。「受け止めることができるかもしれない、その助けに僅かでもなれることを願ってお支えする、お話をお聴きする」という表現が私の考えに近いです。

 

そういうわけで、私はすでにもう何年も「受容」という言葉をエリザベス・キューブラー・ロスの五段階説の説明の時くらいしか使用していません。

 

少なくとも患者さんの「評価」やましてや「目標」として「受容」という言葉を使用することはこれからもないでしょう。「受け容れる」「受け入れる」という言葉も同様です。使用することはありません。「受け止める」少なくとも私はその言葉のほうが実際の現象に近いと思いますし、これからもそちらを使っていきたいと思います。

 

それにしても「受け止めてもらう」「受け止めさせる」などは使わないことでしょう。「受け止めてもらえればいいな(そのほうがきっとその方にとって楽になるでしょうから……)と願って援助をする」というあたりが、これからも使用するであろう表現です。最近「受容していない」「受容してもらう」という言葉を医療現場でもしばしば聞きます。あまり使わないほうが良い表現です。どうか気をつけてもらいたいと願います。

 

失恋した時に、「あいつは失恋を受容していない」などと言われたくないですものね。失恋くらいなら良い(?)かもしれませんが、大切な方を亡くした人が「受容していない」など言われたくないと思います。自分がされて嫌なのに、案外人にはしてしまっていること……気をつけなくてはいけないと思います。

 

緩和ケアばかりではなく、広く医療現場において、医療現場だけではなく広く社会において、言葉は力であり、「言葉は治療」なのです。わずかな表現の違いで苦悩者は勇気づけられ、そしてどん底にも落とされます。だからこそ一見取るに足らないように見える言葉にも、隅々まで神経を張り巡らさなければいけません。そして逆にそうすることは、薬などをも凌駕(りょうが)する立派な「治療」となり得るのです。

 

受容させる、してもらうことは目標にならない。適応するにも当然時間がかかる。傾聴者である皆さんにはそのことをぜひとも覚えておいていただきたいと思います。

 

他人に使い自分に使わぬ言葉「受容」、使わずにいきたいものです。
 

 

 

大津 秀一

早期緩和ケア外来専業クリニック院長

緩和医療専門医

 

傾聴力 相手の心をひらき、信頼を深める

傾聴力 相手の心をひらき、信頼を深める

大津 秀一

大和書房

相手が元気になる「聴き方」。医療・介護現場のプロが必ず実践している、本当の「聴く力」とは? ●大切な人の悩み相談に真剣にこたえている ●自分なりに一生懸命アドバイスもしている なのに、相手が元気にならない……

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