独仏が主張していた「欧州復興基金」論争に決着がついた。7月17日に閉幕した欧州連合(EU)首脳会議では、EUの行政執行機関である欧州委員会が総額7500億ユーロを資金調達することが取り決められた。合意を受け、ユーロは対米ドルで一時1ユーロ=1.15ドル台に上昇、株価もポジティブに反応している。コロナ拡大が続くなか、欧州市場は今後どう動くのか。Nippon Wealth Limited, a Restricted Licence BankのCIO、長谷川建一氏が解説する。

欧州復興基金でEU首脳会議が合意

欧州連合(EU)首脳会議は、7月17日に開幕した。今回の会議の目的はメルケル独首相とマクロン仏大統領が提案した「欧州復興基金」を議論し合意に達することだった。

 

新型コロナウイルス感染と感染の拡大を抑えるためのロックダウン実施の影響でユーロ圏経済は深刻な打撃を受けたが、特に南欧諸国は支援をしなければ経済を自力で回復させることも難しく、ユーロ圏全体の経済が底割れするという危機感が、独仏両首脳には強かった。両首脳は、復興基金を強力なリーダーシップで推進したが、北部諸国のオランダやスウェーデン、デンマーク、オーストリアなど欧州北部の国には、財政規律を重視する意向が強く、意見は対立した。

 

底割れへの危機感が独仏両首脳には強かった。
底割れへの危機感が独仏両首脳には強かった。

 

結果として、EU首脳会議は、異例の延長を繰り返して5日目にようやく合意に達した。それだけ加盟国間で意見が分かれたことも事実である。当初の案では、基金総額7500億ユーロのうち5000億ユーロが返済義務のない補助金、残り2500億ユーロを融資としていたが、最終案では、返済が不要な補助金が3900億ユーロ、残り3600億ユーロは低利融資の形で分配・供与されることが決まった。欧州らしい点では、復興基金の約3分の1は気候変動対策に充てられることだろう。これと次期7ヵ年の中期EU予算と合わせれば、環境関連投資としては過去最大規模での巨額な投資となる。

原資調達の過程で見え隠れする「欧州共同体」の摩擦

今回の合意に基づき、EUの行政執行機関である欧州委員会は、債券(復興債)を市場で発行、加盟国のためにEUを代表して資金調達を行う。すなわち、EU加盟国が共同で原資を調達することになる。

 

これまでは、各国がそれぞれの国債を発行して資金を調達していたが、それでは必要かつ十分な資金を手当できない国も出てくることが懸念されることから、復興基金の形で、EUがまとめて調達することを決めた。しかも、欧州連合の格付けはトリプルAの格付けであり、調達コストも低減できるメリットがある。返済は2058年までの38年間という期間を設け、EU予算から返済することになる。

 

試算では、欧州のなかでも新型コロナウイルス感染の影響が大きかったイタリアは、基金から補助金約820億ユーロ、低利融資約1270億ユーロを受け取ると予想されるという。同国が単独でこれだけの資金を手に入れることは困難だっただろう。まさに、復興基金から最大の恩恵を受ける国と言える。

 

ただ、こうしたことは、財政に余裕のある国にとっては歯がゆい思いを抱えることになるだろう。議論のなかで、オランダは各加盟国に財政均衡に向けた努力を継続することを求め、経済の改革を後退させた国に対する支援を拒否する仕組みを求めた。それほど南欧諸国に、いいように制度と資金を使われては困るという思いなのだろう。最終的に、万一の場合には支援を3ヵ月間凍結し再検討することが修正案に盛り込まれた。

 

また、ハンガリーやポーランドなど、民主主義の価値を尊重していないとされる国への復興基金支援についても議論はあったようである。このあたりは、EUが抱える本質的な問題も見え隠れする。

復興資金は「EU財政統合」の布石となるのか?

しかし、今回の合意は、歴史的な合意であることは確かだろう。ミシェルEU大統領は、21日明け方になった記者会見で、今回の合意が欧州の行動力と団結を示すもので、欧州を未来に向けて送り出すものだと胸を張った。メルケル首相も、EUが直面する最大の危機への対応策を用意でき非常に安堵していると語った。マクロン大統領も歴史的な合意だと讃えた。

 

独仏協調が手動する形でEUが団結し、リセッションへの危機感と経済復興に取り組もうという強い意思を共有したことは意味深いことである。イギリス離脱後、求心力をどことなく失いかけてきたことも事実であるが、それを跳ね返すものになる可能性を秘めていると筆者は評価している。

 

また長期的に見れば、復興資金への取り組みは、欧州連合加盟国の財政を統合していく布石になる可能性もある。復興基金により、EU共同債の発行が実現することで、加盟国は債務を共有することになるほか、財政移転も実現することになる。これは、これまで欧州連合になかった財政面での一体となった取り組みであり、欧州共同予算への抵抗感を薄れさせることになるのではないだろうか。

合意受け1ユーロ=1.15ドル台に…上昇局面突入か?

EU首脳の合意を受け、外国為替相場で、ユーロは対米ドルで一時1ユーロ=1.15ドル台にまで上昇してきた。復興に向けて多数のハードルはあるが、長期トレンドとしては緩やかなユーロ上昇の兆しを見て取ることができる。3ヵ月では、1ユーロ=1.18ドル程度まで、向こう1年では、1ユーロ=1.25ドルを目処に上昇する局面も視野に入るだろう。

 

株価も、欧州全体の復興への取り組みが確実になったことで、ポジティブに反応した。欧州株は米国株に比べればやや出遅れ感もあったが、このところの伸びは著しい。2月高値をうかがう展開は続くと思われ、早晩、これを上回るのではないか。ただ、そこから一弾の上伸には、やはり世界全体の需要が回復するかどうかにかかっていると言えよう。

 

 

長谷川 建一

Nippon Wealth Limited, a Restricted Licence Bank(NWB/日本ウェルス) CIO

 

本稿は、個人的な見解を述べたもので、NWBとしての公式見解ではない点、ご留意ください。

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