夫婦にはお子さんがいませんでしたので、これからは奥様のそばにいて、家事や身の回りのことなど、奥様の作業を積極的に分担しよう、そして、二人とも絵本が大好きでしたから、自分たちで絵本の専門店を持とうと思い立ったのです。
1年半ほどの準備期間を経て、礼二さんは会社勤めを辞め、自宅を改装して、絵本を中心に扱う小さな本屋をオープンしたのです。Aさんが55歳のときです。それからは、絵本の読み聞かせ会などのイベントも行い、夫婦二人で、地域社会に根ざした交流を続けてきました。
しかし、80歳を前に、奥様に異変が現れます。たとえば、朝自分から約束したことを夕方にはすっかり忘れていたり、同じものを何度も電話注文したり、料理の味付けがおかしくなったりしていました。その後認知症との診断を受けます。Aさんはこれまで以上に奥様に寄り添い介助をしましたが、残念ながら、病状が急速に進行していきました。
特に寝るころ、身の回りの物が見つからないと一晩中起きて捜し出し、朝から断続的に眠りに入るような、昼夜の逆転が起こり始めました。自宅での介護が困難になってしまったのです。
そこでAさんは、25年続けた本屋を閉じ、奥様は3年前に介護付きの高齢者施設に入所されました。Aさんは、自宅の庭で自らが栽培したイチゴや野菜を使ったサラダを毎週高齢者施設に持参しておられます。本人はできるだけ健康で長生きするために栄養バランスのよい食生活と散歩などを欠かさない健康生活に気を付けておられるのです。
「次第に私のことがわからなくなっていくのがとても心配です。たとえ私が誰なのかがわからなくなっても生きているだけでよいのです。私ができる限り、最後まで彼女のそばにいたいと願っています」
奥様に対する献身的な愛情だけでなく、そうした日々の生活を悲観するどころか、まるで生きがいのように前向きにとらえている姿が、ともかく素晴らしい。それに、小ぎれいでオシャレで、誰に対しても謙虚な姿勢で対話を楽しんでおられます。
「ひとつのスキルで一生稼ぐ」時代は終わりつつある
人生100年時代では、単に平均寿命が延びただけではありません。