新型コロナウイルスの感染拡大で日本人の働き方が大きく変わった。東京都の外出自粛要請に始まり、政府の緊急事態宣言が出され、多くの企業でオフィスワークを在宅勤務に切り替えるなど対応に追われた。出版業界も例外ではない。出版社もリモートワークが始まり、新しい働き方が模索されている。通勤するサラリーマンが減ったため、都心部の大型書店は休業を余儀なくされた。出版業界も撃沈かと思われたが、実はいろいろなことが起こっていた。新型コロナ禍の下での出版事情をレポートする。

巣ごもりでさらに売り上げを伸ばした『鬼滅の刃』

『鬼滅の刃』は、『週刊少年ジャンプ』の人気連載(2016年11号~2020年24号)である。昨年4月のテレビアニメ化が起爆剤となり、連載をまとめた原作コミックはまさに“鬼滅”の売れ行きを示した。ジャンプは、200巻の金字塔を打ち立てた『こちら葛飾区亀有公園前派出所』をはじめ、『ドラゴンボール』『北斗の拳』『ONE PIECE』『DEATH NOTE』など、社会現象を巻き起こしたコミックを多数輩出している。

 

コミックスの過去最多発行は『ONE PIECE』の4億7000万部(96巻)だが、鬼滅はトータル21巻で8000万部を突破(特装版・電子版含む)した。

 

吾峠呼世晴/矢島綾著『鬼滅の刃 片羽の蝶』(集英社)
吾峠呼世晴/矢島綾著『鬼滅の刃 片羽の蝶』(集英社)

「ついこの間まで、当店のコミックスベストセラーのトップ10を総なめにしていました。最新ランキングでも5冊が顔を連ね、1位が第21巻、2位はその特装版です。『ONE PIECE』も飛ぶように売れましたが、鬼滅はそれを超えていると思う」(八重洲ブックセンター営業部広報担当/内田俊明さん)

 

特装版というのは、登場人物32人のキャラクターシールを同梱したもの。価格は「1200円+税」と通常本の3倍近くするが、熱烈なファンはおかまいなし。連載のヒット、テレビアニメ化、原作コミック・電子出版の大増刷、関連グッズ販売で収益拡大というコミック漫画の王道をひた走っている。

 

いったいどんなストーリーなのか。コミック売り場の「お一人様一冊限りでお願い致します」の張り紙に、一時のマスク不足騒動が重なった。

 

物語の舞台は大正末期。なぜか人食い鬼が棲む世界という設定だ。家族を鬼に惨殺された主人公が、ただ一人生き残ったが鬼に姿を変えられてしまった妹を人間に戻すため、仲間と力を合わせて鬼を討つ旅に出るというお話。おとぎ話の様でもある荒唐無稽な世界に色を添えるのが、著者独特の語感である。

 

主人公の少年の名は竈門炭治郎[かまどたんじろう]、妹は禰豆子[ねずこ]。「途轍[とてつ]もない」「足手纏[まと]い」など、ルビの必要な難解な漢字を意図的に多用している。ペンネームも吾峠呼世晴[ごとうげこよはる]とおどろおどろしい。そもそも作者の正体は謎に包まれているが、画風からして女性と思われる。これが初連載で30歳を過ぎたばかりとみられている。

 

人食い鬼によるグロテスクな殺戮描写も多々あり、子どもにどうかという話も出た。読後感としては、やはりテレビアニメからブレイクした『進撃の巨人』(少年マガジン連載)に通じるものがあるが、少女漫画チックな作風がそれを打ち消している。芸能人をはじめ大人のファンも多いというが、漫画と言えばマガジンの『紫電改のタカ』やサンデーの『サブマリン707』に夢中になったオールド世代には、にわかに信じがたい気がする。

 

巣ごもりで売り上げをさらに伸ばした『鬼滅の刃』とオリジナルノベライズの2冊。新型コロナウイルスを人食い鬼に見立てれば、鬼滅の刃はさしずめ新型ワクチンといったところか。無意識のうちに私たちは時代を映した作品に魅かれたのかもしれない。


平尾 俊郎

フリーライター

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