遊園地、海水浴場…東京屈指のレジャースポットが点在
「大森」は東京都大田区に位置する、JR京浜東北線の駅。1日の乗車人数は9.7万人弱です。
大森という地名の由来は、その名の通り、大きな森があったからだといわれています。古くは「大杜」と書かれ、鎌倉時代の文献には、大井郷の地頭が大杜と永富の郷を譲与したという記述が見られます。
江戸時代、東海道の「品川宿」と「川崎宿」の間の位置し、街道沿いの集落として発展。また江戸時代から昭和・高度成長期前までは海苔養殖が盛んで、いまでも40軒近い海苔問屋が営業しています。
駅は、日本で初めの鉄道、「新橋」~「横浜」間が開通した4年後に開業しました。そして1877年、この鉄道に乗っていたアメリカの動物学者、エドワード・シルベスター・モースが「大森」付近で歴史的な大発見。それが誰もが歴史の授業で習った「大森貝塚」です。日本考古学上最初の遺跡で、縄文時代後期を中心とする貝層や住居跡が見つかりました。しかし、モース博士が発掘した場所は報告書にきちんと明記されていなかったとか。大田区と品川区にそれぞれ碑が設置されているのは、そのような事情のためです。
駅の東は低地、西は高台となっていますが、その高台からは、遠く房総半島まで見渡せたといわれています。その美しい景色は、歌川広重の浮世絵にも描かれたほど。駅が開通してからは、高台側の山王エリアに財界人を中心に別荘や住宅が建てられるように。いまでは、東京を代表する高級住宅地として知られています。
さらに大森はかつて、都内でも屈指の行楽地として栄えました。1884年、実業家・久我邦太郎が、駅西側一帯に郊外随一の遊園地「八景園」を開園。1891年には大森本町一丁目付近に、東京湾初の海水浴場「大森海水浴場」が開設。1899年には森ケ崎付近で鉱泉が発見され、料亭や旅館が建ち並ぶ鉱泉街が形成されました。また東京でも本格的なホテルが珍しかった時代に、「望翠楼ホテル」や「大森ホテル」が建てられ、大森は都内でも文化薫る街として発展していったのです。
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