片田舎から急成長した「表参道」…一般庶民が住むのは無謀か?

どこの街に住むかの選択は、仕事やプライベートに大きな影響を与える。さらに家賃が家計支出の大きなウェイトを占めることを考えると、居住地は資産形成までも左右するといえる。総合的に考えて住みやすい街はどこなのだろうか? 20代後半から30代前半の単身会社員の住み心地を考えていこう。今回取り上げるのは、東京メトロ銀座線、半蔵門線、千代田線の接続駅「表参道」。

東京の片田舎が、ハイブランドが集積する街になるまで

「表参道」駅は東京都港区に位置する、東京メトロ銀座線、半蔵門線、千代田線の接続駅です。1日の乗降者数は18.5万人ほど。東京メトロ全130駅のなかでは14番目の規模です。

 

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もともと表参道は、1919年に整備された明治神宮の参道のひとつ。現在の都道413号線と国道246号線(青山通り)と交差する1.1kmをさすものです。

 

明治神宮は、京都の伏見桃山陵に葬られた明治天皇を慕う東京人が、「東京にも明治天皇を祀る神社がほしい」と願いつくられたもの。一帯の「青山」は、江戸時代の大名、青山家の下屋敷があったことに由来します。表参道の代名詞ともいえるケヤキは、元々大正時代に植えられたものでしたが、東京大空襲で焼失。戦後、再び植樹され、表参道を代表する景観を作り出すようになりました。

 

一帯は明治神宮が造営されたころは住宅が点在するだけの荒地だったといいますが、市街地化のきっかけになったのが関東大震災。都心が壊滅的な被害を受けたなか、復興支援のために同潤会が設立され、都内に多くのアパートが建設されました。

 

1926年に誕生した「同潤会青山アパート」もそのひとつで、鉄筋コンクリート、電気、ガス、水道完備、トイレは水洗式……と、当時では最新鋭の機能を備えた住宅でした。終戦後は個人所有となったアパートの一室に、ブティックやギャラリーがオープン。表参道を中心としたエリアがファッションの中心地として発展する礎を築きました。そんな同潤会アパートも老朽化のため取り壊しが決定。2003年にその姿を消し、2006年「表参道ヒルズ」として生まれ変わりました。

 

また表参道が感度の高い街となったもう一つの要素が、戦後の進駐アメリカ軍。現在の代々木公園に在日米軍施設「ワシントンハイツ」が造られ、周辺にアメリカ人向けの商業店舗が増えました。この時代には珍しかった海外の商品が手に入るとして、徐々に感度の高い人々が集うようになったのです。

 

また1978年には「ラフォーレ原宿」がオープン。DCブランドブームの火付け役となり、その周辺には、若者をターゲットするショップが増加。青山通りを超えたエリアには落ち着いた大人のブランドが次々とオープンしました。そして2000年前後には、いまや表参道の顔にもなっている海外のハイブランドの旗艦店が続々と進出。表参道は国内外を代表するブランドが集積する、都内でも屈指のハイストリートになったのです。

 

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表参道ヒルズ
表参道ヒルズ

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著者紹介

連載データから紐解く「住みやすい街」

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