香港崩壊の足音…ナゼ?米中緊迫化も「株式相場は続伸」の含意

28日、中国政府は全国人民代表大会で、香港の治安に関する「国家安全法」を制定する方針を採択した。逃亡犯条例改正による騒動を受け、香港の国家安全に対するリスクを警戒し、強力な措置を実施するに至ったようだ。林鄭月娥香港行政長官は「基本的な権利・自由は、香港において引き続き守られる」としているが、「一国二制度」の崩壊を懸念する声は高まっている。一連の決定に対し、米のトランプ大統領は中国を強く非難。米中関係の雲行きがまたも怪しくなり始めた。Nippon Wealth Limited, a Restricted Licence BankのCIO、長谷川建一氏が解説する。

逃亡犯条例騒動で「一国二制度」への懸念高まったか

28日、中国政府は全国人民代表大会(全人代)で香港の治安に関する「国家安全法」を制定する方針を採択した。

 

香港基本法第23条では、もともと、中国政府に対する「反逆、分離、扇動、転覆」を禁止する国家安全法を、香港政府が制定しなければならないと規定している。香港政府は同法の制定を義務付けられているのである。しかし、表現や報道の自由などの侵害につながることを懸念した香港市民は、それに反対してきた。2003年、国家安全法案を成立させようとした香港政府に対し香港市民は、約50万人が参加する街頭デモで抗議し、同法案を廃案に追い込んだ。

 

「一国二制度」を認められている香港では、中国の法律は適用されない。ただ、香港基本法18条は、例外規定を定めており、今回の決定はこれを利用して、香港の治安に関する国家安全法を、(制限付きではあるが)香港人によって選出された議会(香港立法会)を経ることなく、全人代が直接的に香港基本法へ組み込むということになる。

 

これを許せば、中国はいかなる法案でも香港に丸呑みさせることが可能となるわけで、香港の市民団体や民主派は、香港に高度な自治を認めた「一国二制度」がないがしろにされることに他ならないと、警戒感を強めている。逃亡犯条例の改正案もひどい法律だったが、今回は「一国二制度」の根幹に関わる問題で、「一国一制度」に移行してしまうと警鐘を鳴らしている。

 

一方で、中国政府からすれば、香港をまひ状態に陥らせ、治安も半ば失われたような状態になった昨年の民主派デモは、抑制しなければならないという恐怖感が強いのだろう。全人代常務委員会の王晨副委員長は、国家安全法の起案説明の際に、逃亡犯条例改正による騒動で香港の国家安全に対するリスクは顕著となり、外国・域外勢力と反中乱港勢力が結託して「一国二制度」を超えようとする挑戦が行われたと強く批判した。

 

中国政府の「『一国二制度』は、中華人民共和国という『一国』がしっかりとあってこその『二制度』である」というスタンスは明確だ。中国国内に影響を及ぼしかねないとの懸念があり、民主化運動を抑制するため「強力な措置」が断固として必要との考えが大半を占めている。

 

国家安全法案は、全人代最終日に、制定する方針が採決された。2878票の賛成に対し、反対1票、棄権6票だった。実は、法案の中身は詰まっているようで詰まっていない。常務委員会の王副委員長によれば、6月以降に詳細が詰められる見通しである。

「中国政府の執行機関を香港に設立」?の危うさ

28日、林鄭月娥(キャリー・ラム)香港行政長官は、香港政府のウェブサイトに香港市民宛てのメッセージを掲載した。国家安全法制について、「違法な犯罪行為や活動だけが同法の対象であり、市民の生命や財産、基本的な権利・自由は、香港において引き続き守られる」と述べている。今後も、香港での言論や報道、集会、デモ、行進の自由は守られることを説明している。

 

草案第3条では「香港特区政府はできるだけ早く基本法が規定する国家安全を守る立法を完了させなければならない」と記されている。これからすると、国家安全法が制定されても香港基本法23条に基づく立法は依然必要とも読める。李克強首相が、全人代冒頭での政府活動報告のなかで、香港に関して言及したが、「国家安全を守るための制度・執行メカニズムを確立し、憲法によって定められた責任を香港に履行させる」としていることも、このスタンスを反映していると読める。

 

また第4条では、香港政府が国家安全を守るための機関と法執行システムを設立しなければならないことに加えて、中国政府の関連機関も、必要に基づき香港特区に機関を設置すると述べている。ここは、香港の市民団体も懸念するところで、中国政府が国家安全法の執行機関を設立することにも触れられている点である。すなわち、中国政府の執行機関が香港に設立され、香港で直接に治安維持に関する事項を執行することとなれば、もはや香港は香港政府が自治をしているとはいえない。

 

手続きとしては、全人代で関連法律が制定され香港基本法の付属文書3に盛り込むことが決定されたあと、香港政府が実施を発表することになる。今後、国家安全法の中身を詰める作業は進むが、香港での抗議デモは激化する可能性が高まる。香港の市民団体「民間人権陣線(Civil Human Rights Front)」は香港市民に対し、昨年同様に数百万人規模で街頭に出てデモに加わるよう呼び掛けている。

米中関係緊迫化も依然として残る「通商協議」の課題

◆米国の反応

 

中国政府による「国家安全法」制定の方針が決定されたことに対して、トランプ大統領は29日にホワイトハウスで記者会見を開き、香港に対する優遇措置を撤廃するよう政権に指示したと明らかにした。これに先立って、27日にポンペオ国務長官は、「香港人権・民主主義法」に基づいた香港における高度な自治「一国二制度」が守られているかの検証作業として米国議会に対して報告を行っており、香港ではもはや高度な自治が維持されていないと判断したことを明らかにしていた。

 

トランプ大統領は、中国政府が約束していた香港の高度な自治をないがしろにしたと非難し、国家安全法制定の方針を決定したことは、香港や中国、また世界にとっての悲劇だと強く批判した。

 

そして、香港に対する、犯罪人引き渡しから輸出規制にわたる広範な合意を対象として、例外はほとんど認めず、優遇措置を撤廃するほか、香港の自治を阻害することに関与していると見なす人物に対しても制裁措置を導入することを表明した。ただ、措置を実施する時期や期限などは示さなかった。米国企業の活動や収益への影響を伺いながらの現実的な実施が予想されているほか、中国政府が同法案の内容をどうするのかを見極めるために、時間を稼ぐ意味合いもあるのではないか。

 

トランプ大統領は別途声明で、大学研究の保全に向けリスクがあると見なす人物について、中国から米国への入国停止を発表した。また、米国の投資家保護を目的に、米国の株式市場に上場している中国企業の活動や情報公開を検証するよう指示したと明らかにした。

 

一方米中間には、より重要で継続案件である通商協議をどうするかという問題も以前残されている。クドローNEC委員長は、中国との「第1段階」の通商合意について、継続しており、前進があるかもしれないとの期待感も滲ませている。

 

新型コロナウイルス禍でロックダウンを実施したこともあり、経済活動の大半が影響を受け、米国経済にも大きな傷跡を残した。この状況下で対中強硬姿勢を取れば、さらなる経済的影響を及ぼす可能性のある通商合意を反故にしかねない。トランプ政権にとっても悩ましい問題だろう。

 

トランプ大統領は「世界にとっての悲劇だ」と強く批判した。
トランプ大統領は「世界にとっての悲劇だ」と強く非難した。

国家安全法は株価への重しだが、景気回復期待は上回る

28日に全人代で国家安全法を制定する方針が採択されたことから、29日の香港株式相場は、米中間の対立や香港での抗議活動の激化を警戒して軟調な展開となった。

 

香港ハンセン指数は、金融株や空運株の下げが目立ち、一時2.2%安まで下げた。しかし午後からは、中国本土企業への買い注文が香港企業株への支援材料となり買い戻しが出て、前日比0.7%安の23132.76で取引を終えた。李克強首相が全人代閉幕後の記者会見で、新型コロナウイルス関連の景気対策が総額6兆元(約90兆円)規模に達するとコメントしたことが、中国の景気対策に対する期待感を強めたようである。

 

米国株式市場では、米中関係の緊張が高まるとの懸念は重しだが、トランプ大統領が香港の治安立法に対して厳しい姿勢を示しながらも、中国との対立が一段と深刻化することは望んでいないと解釈したようである。むしろ、先週の流れを受けて、ロックダウン後の景気回復スピードが早まるとの期待が強く、株式相場は続伸した。

 

どうやら、L字型の景気回復よりは、V字型景気回復シナリオに傾きつつあり、2月高値から3月安値への下落を全戻しする展開に入ってきていると見るべきだろう。債券相場は、長期債を中心に利回りの上昇、低格付け債への価格下落圧力は続くと予想する。為替相場では、中長期での米ドルの堅調は変わらないと見ている。

 

 

長谷川 建一

Nippon Wealth Limited, a Restricted Licence Bank(NWB/日本ウェルス) CIO

 

Nippon Wealth Limited, a Restricted Licence Bank(NWB/日本ウェルス) CIO

京都大学卒、MBA(神戸大学)。
シティバンク日本及びニューヨーク本店にて資金証券部門の要職を歴任後、2000年にシティバンク日本のリテール部門で商品開発や市場営業部門のヘッドに就任。2002年にシティグループ・プライベートバンクのマーケティング部門ヘッドに就任。 2004年末、東京三菱銀行(現三菱UFJ銀行)に移り、マーケティング責任者として活躍。2009年からはアジア・リテール戦略を担い、2010年は香港にてBTMUウエルスマネージメント事業の立ち上げに従事。
2013年よりNippon Wealth Limited, a Restricted Licence Bank(ニッポン・ウェルス・リミテッド・リストリクティド・ライセンス・バンク/日本ウェルス)を創業し、COOに就任。2017年3月よりCIOを務める。

WEBサイト https://jp.www.nipponwealth.com/

長谷川建一氏登壇のセミナー https://gentosha-go.com/articles/-/13973

著者紹介

連載香港発!グローバル資産防衛のためのマーケットウォッチ

本稿は、個人的な見解を述べたもので、NWBとしての公式見解ではない点、ご留意ください。

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