米国NY州では外出制限を一部緩和するなど、新型コロナ感染拡大に落ち着きの兆しが見えてきた。経済活動の活発化に期待が集まる一方、金融市場では「V字型回復なのか、L字型回復なのか」に注目が集まっている。懸念されるのは、米中関係の冷え込み、そして中国外交の強硬姿勢だ。Nippon Wealth Limited, a Restricted Licence BankのCIO、長谷川建一氏が解説する。

 

米国「生産・雇用・消費」のいずれも過去最悪の数値に

◆足元は厳しい状況

 

3月4月と新型コロナウイルスの感染拡大を抑制するため、世界各国でロックダウン(都市封鎖)が実施されてきたが、5月に入り、ロックダウンを解除し経済活動を再開またはその準備を始める国が増えてきた。4月を底にして、景気が回復するという期待は高まっているものの、金融市場が注目するのは、世界経済の回復が「V字型なのか、L字型なのか」に移っている。これに加えて、気がかりとなってきているのは、米中関係の悪化であろう。

 

経済指標からは、厳しい現実が突きつけられている。米国では、生産・雇用・消費のいずれも、史上最悪またはそれに匹敵する水準まで落ち込んでいることが示された。米国GDP(国内総生産)の3分の2は消費であり、完全雇用状態が消費を支えていたが、この構図が大きく崩れたことは、米国経済の立ち直りに長い時間を要することを懸念させる。

 

15日に発表されたアジア開発銀行(ADB)の試算では、新型コロナウイルス感染拡大に伴う世界の経済損失が最大8.8兆ドル(約940兆円)に上る可能性に触れていた。これは世界のGDPの約10%に相当する金額である。ADBは4月3日付の前回試算では、世界の経済損失額を最大4.1兆ドルと見積もっていた。

 

ADBの試算は2ヵ月での回復を想定しているため、GDPの10%でも悪い数字には見えないが、雇用がすべてある日突然もとに戻るということは考えにくい。時間軸の長期化は、最大損失額を増加させることに直結する。

 

米中関係の悪化がコロナ後を左右する。
米中関係の悪化がコロナ後を左右する。

回復基調の中国は米国や台湾への強硬姿勢を強める

◆米中関係は冷え込み、厳しい状況か

 

トランプ大統領は新型コロナウイルスの感染に関して、中国が情報を操作し、過ちを隠蔽して、世界中に感染を拡大をさせたと中国批判の姿勢を強めている。

 

11月の米大統領選挙に向けて、経済回復シナリオを周到に準備してきたトランプ大統領だったが、新型コロナウイルスの感染拡大により、ロックダウン政策をとらざるを得なくなり、景気の足を引っ張られたことは憤懣(ふんまん)やるかたないのだろう。中国政府も、輸出鈍化と失業の急増、経験したことのない景気悪化と逆風のなかで、強硬な姿勢をとる構えを見せている。米中間の対立はさらに表面化する公算が大きい。中国に対する風当たりは強く、米中関係の悪化は金融市場の重しとなる可能性に要注意である。

 

今年1月に米中通商協議で第1段階の合意に署名したあと、新型コロナウイルスの感染が世界中に拡大・深刻化し、米中のみならず世界中のサプライチェーンが機能不全に陥った。確かに、1月の第1段階の合意内容が、はたして着実に履行されているかは疑わしい。

 

米中間では8日に、劉鶴副首相がライトハイザーUSTR(米通商代表部)代表およびムニューシン米財務長官と電話で協議したことが確認されているが、履行実績が芳しくなければ、トランプ大統領は関税カードを切ることも躊躇しないだろう。第1段階の合意前にはリスクオン・オフで神経質な相場展開だったことはすでに忘れられてしまったかもしれないが、再度関税措置が発動されれば、コロナ禍同様に、市場にとってのネガティブな材料となりかねない。コロナ禍から、いち早く抜け出したかに見える中国経済にとっても、成長路線への回帰の道のりはより困難になるだろう。

 

中国の外交では、最近強面な姿勢が目立つことは気がかりである。矛先はほかの国にも及んでいる。

 

 

5月12日、オーストラリアの公共放送ABCは、新型コロナウイルスの発生原因調査に関連してオーストラリアの食肉輸入を禁止したと報じた。ほかにも、燃料や干ばつ被害に対する豪政府の補助金支給が不当廉売に該当するとして、中国がオーストラリア産の大麦などに高関税の発動を検討しているとの報道もあった。

 

新型コロナウイルスの感染拡大について、モリソン豪首相が中国に独立調査を受け入れるよう要請する発言をしたことに対し、中国側が反発していることが背景にある。豪中間の通商問題は、圧倒的に中国が有利な立場だが、貿易摩擦の加速が懸念されている。

 

また、中国は、台湾のWHO総会へのオブザーバー参加を巡っても、明確な支持を表明したニュージーランドに対し抗議をするなど、対決姿勢を強めている。馬政権時代には、台湾のWTO総会へのオブザーバー参加を中国も認めたという事実もあるのだが、台湾の現政権を独立派と見る中国政府としては「一つの中国」原則を堅持する構えで、妥協するつもりはないようである。

中国は国内需要が先行して回復も、輸出は低迷

一方で、中国国内では、新型コロナウイルス感染症の流行を抑え込むことに成功したとの楽観的な認識が広がっている。5月1日からメーデーを挟んだ5連休があり、政府は国民に対し慎重な行動を求めていたものの、自分の住んでいる都市やその周辺を中心に外出する人が急増したようである。国内旅行者の数も急増し、新型コロナウイルスの感染が拡大した今年1月の春節以降で最大の旅行者数を記録、中国各地の観光スポットへ向かう航空券等の売り上げも急激に増加したことが報じられた。中国国家衛生健康委員会は5月15日、感染状況について、14日に新たに確認された感染者は全員吉林省で、計4人だったと発表した。

 

新型コロナウイルス対策では、やや楽観的な雰囲気が伝えられる中国だが、経済指標を見れば、他国と同様、足元の中国経済の厳しい現実が明らかになっている。

 

中国国家統計局が先月発表した2020年第1四半期のGDPは前年同期比でマイナス6.8%と大幅に減少した。2020年のGDP成長率も、市場予想は年率1.8%程度にとどまる。製造業購買担当者指数PMIの動きを見ると、3月は52.0と、2月の35.7から上昇し、活動拡大・縮小の分かれ目である50を上回っていた。生産指数も50.6に改善(2月は28.6と極端に悪化)し、新規受注指数も上昇した。そして4月の製造業購買担当者指数PMIは50.8だった。非製造業PMIも53.2に上昇し、市場予想の52.5を上回った。

 

内容を見ると、新規輸出受注PMIの低迷が示している通り、輸出は、主要貿易相手国が軒並み成長率でマイナスに転落し、下向きとなる公算が高い。それにも関わらず中国のPMIが改善している理由は、景気対策を受けた政府部門による需要拡大支援とそれに関連する内需の押上げ効果が大きいと見ている。

 

国内経済の先行的な指標でもある鉄道貨物輸送量は、3月にはすでに前年同期比横ばいまで回復し、2月比でも4.5%増えて34,600万トンと高水準を維持していた。原材料や製品の輸送を確保して生産回復を支援する政策や、消費など内需を喚起する政策が、比較的早い時期から効果を発揮していたことを示している。一方で、前述のとおり輸出は需要の減少が著しく、内需の回復でそれを打ち返すことは難しいと予想している。金融市場では、中国市場が欧米市場とは異なる動きをして早期に上昇に転じるという「デカップリング」期待も出てきているが、政府により喚起された需要頼みでのV字型回復は、確実なシナリオとはいい難いのではないか。

 

政治的には、中国共産党中央政治局は4月29日に常務委員会を開催し、国内外の新型コロナウイルス感染症の予防・抑制状況を分析し、長期的な感染予防・抑制措置について検討、指示するとともに、湖北省の経済・社会発展を支援するための包括的政策を決定した。そして、3月開催が延期となった第13期全国人民代表大会(全人代)第3回会議を5月22日から北京で開催することを決定した。

 

今回の全人代では、経済計画と目標をどう掲げるのかに注目が集まる。全人代では、毎年、経済成長率の数値目標を定め、発表してきた。昨年の目標は6.0~6.5%とレンジをとって設定された。これも異例のことだったが、中国政府の指導部は、今年、世界経済の見通しが極めて不透明であることから、例年設定しているGDP成長率の国家目標を数値化せず、定性化する可能性があるとの報道もでてきている。

 

加えて、中国政府は、2010年から2020年の10年間で、当時のGDPを倍増させる計画を掲げていたが、少なくとも今年5.6%程度の成長がなければならず、これもすでに実現の可能性が低い。このあたりも、政治的にどう処理するのか注目される。また、全人代で発表される政府活動報告の内容も、注目されるところである。22日からの全人代には、十分な注意を払っておきたい。

 

 

長谷川 建一

Nippon Wealth Limited, a Restricted Licence Bank(NWB/日本ウェルス) CIO

 

 

本稿は、個人的な見解を述べたもので、NWBとしての公式見解ではない点、ご留意ください。

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