影の薄い元・県都「浦和」…イメージ戦略で住みやすさ一人勝ち

どこの街に住むかの選択は、仕事やプライベートに大きな影響を与える。さらに家賃が家計支出の大きなウェイトを占めることを考えると、居住地は資産形成までも左右するといえる。総合的に考えて住みやすい街はどこなのだろうか? 20代後半から30代前半の単身会社員の住み心地を考えていこう。今回取り上げるのは、JR京浜東北線などが停まる「浦和」駅。

条例で街のイメージを固持する、元・県都

「浦和」駅は、埼玉県さいたま市に位置する駅で、JR京浜東北線、湘南新宿ライン、宇都宮線・高崎線が停車します。1日の乗車人数は約9.5万人。埼玉県下では「大宮」駅につぐ規模です。

 

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 浦和という地名の由来は、ウラは「末」、ワは「輪」の意味で、「台地の端が湾曲した所」からなど、諸説あるが、はっきりとしたことはわかっていません。歴史上でその名を確認できるのは、1396年の奥書(=奥付)を持つ大般若経。そこに「武州浦和」と記されているのが初めです。

 

「浦和」駅の開業は1883年。県下では最も古い駅のひとつです。江戸時代、浦和は中山道の宿場町となり、明治時代になると県都として発展。1995年には川口市を抜いて、県下一の人口を誇っていました。

 

埼玉県を代表する街であるとともに、浦和にはもうひとつ、文教都市としての顔を持っています。明治時代に、埼玉県師範学校、医学校、県立浦和第一尋常中学校、県立浦和高等女学校、旧制浦和高等学校などが次々と開設され、全国から優秀な学生が集まるようになりました。特に旧制浦和高等学校は東京帝国大学、現在の東京大学の合格者が全国で2位という実力ぶりだったそう。いまでも進学校が多く、教育熱の高いエリアとしてしられています。

 

また浦和には古くから画家が多く居住し、アトリエを構えていたことから、文学者の多い鎌倉市と並んで「鎌倉文士に浦和画家」といわれてきました。そのようなイメージも守るため、条例で風俗店などの営業が禁止するという徹底ぶり。その甲斐あってか、子育て家庭からの支持があつく、わざわざ転居してくるほど。昨今は意識の高いのイメージが広まったからか、お馴染みの『住みたい街ランキング』では、「大宮」と並んで上位の常連になりつつあります。

 

イメージ戦略の効果もあり、埼玉県を代表する街としては、繁華街はコンパクト。駅西口エリアは、埼玉県やさいたま市の行政機関や裁判所などが集まる県政、市政の中枢的存在。80年代に再開発が完了し、「伊勢丹 浦和店」などが開店。また2000年代には東津口エリアでも再開発が行われ、「浦和PARCO」が誕生。さらに駅の高架化に伴い、駅ビル「アトレ浦和」がオープン。近年、商業拠点としての充実ぶりが話題になっています。

 

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宇都宮線
宇都宮線

 

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著者紹介

連載データから紐解く「住みやすい街」

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