生産性の向上か社会の安定か

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安倍政権は、2020年度第2次補正予算の編成へ向けた調整を急いでいる。中小企業への家賃支援などが柱になる見込みだが、与党内には雇用支援の強化を求める声も少なくないようだ。経済危機下のセーフティネットとしては当然ではあるものの、企業の維持・雇用の継続に重心を置いた政策は、長期的には産業の新陳代謝を遅らせるのではないか。

経済危機への対応:社会の安定を重視する日本

安倍政権は、2020年度第2次補正予算の調整を進め、6月17日に会期末を迎える今通常国会中に成立させる方向だ。現時点での政府・与党内の議論として、この補正予算に盛り込まれる可能性が高いのは、1)売上が急減した中小企業、個人事業者への家賃支援、2)アルバイトができなくなり生活が困窮する学生への支援、3)所得の減少した個人への追加給付金…などだろう。また、自民党内では、企業に雇用の維持を促すため、雇用調整助成金の拡充を求める声も少なくないようだ。

 

経済危機下、雇用は多くの国にとり最重要課題の一つである。もっとも、その方法については、企業存続・雇用維持型、失業者の生活支援・労働移動促進型、大きくは二つに分けられるのではないか。日本の場合は、伝統的に企業による継続的な雇用を重視し、リーマンショックの最悪期でも、失業率をG7で最も低い5.4%に留めることに成功した。社会を安定させる上では、優れたシステムと言えるだろう。

 

もっとも、OECD加盟国の廃業率と開業率には正の相関関係がある(図表1)。つまり、企業の存続を重視する場合、開業率は低水準になる傾向があるわけだ。これは、長期的に見ると、賃上げの抑制だけでなく、産業の新陳代謝の遅れを招き、生産性の向上を阻害する可能性がある。


 

期間:2017年 出所:OECD、厚労省の統計よりピクテ投信投資顧問が作成
[図表1]OECD加盟国の開業率・廃業率 期間:2017年
出所:OECD、厚労省の統計よりピクテ投信投資顧問が作成

少ない新陳代謝:生産性、財政に長期的な問題

第2次安倍政権発足当初に策定された『日本再興戦略2013』では、産業の「新陳代謝促進とベンチャーの加速」、及び「行き過ぎた雇用維持型から労働移動支援型への政策転換」による生産性の向上が目標とされていた。また、開業率・廃業率を「米国・英国レベル」の10%へ引き上げると公約している。

 

しかしながら、2018年の開業率は4.5%、廃業率も3.5%と変化は見られない。一方、日本生産性本部の統計によれば、安倍政権が重視した全要素生産性(TFP)は、2018年まで6年間の年平均伸び率が0.5%に留まっている(図表2)。

 

期間:1961〜2018年 出所:日本生産性本部の統計よりピクテ投信投資顧問が作成
[図表2]全要素生産性(TFP)の推移 期間:1961〜2018年
出所:日本生産性本部の統計よりピクテ投信投資顧問が作成

 

2021年10月が衆議院の任期満了であることから、今年末には解散・総選挙が行われる可能性が強い。それを念頭に置けば、安倍政権の経済政策は、社会の安定をより重視したものになるだろう。つまり、産業の新陳代謝と労働移動の促進よりは、企業の存続と雇用の維持に重きが置かれる見込みだ。それは、当面、経済が落ち着きを取り戻す上でも重要な役割を果たすと考えられる。

 

ただし、日本経済の生産性は向上せず、人口減少の下、長期的な成長阻害要因となるだろう。また、副作用として、財政面でも次の世代に大きな負担を残すのではないか。

 

 

当レポートの閲覧に当たっては【ご注意】をご参照ください(見当たらない場合は関連記事『生産性の向上か社会の安定か』を参照)。

 

(2020年5月15日)

 

市川 眞一

ピクテ投信投資顧問株式会社

シニア・フェロー

 

 

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ピクテ投信投資顧問株式会社 シニア・フェロー

日系証券の系列投信会社でファンドマネージャーなどを経て、1994年以降、フランス系、スイス系2つの証券にてストラテジスト。この間、内閣官房構造改革特区評価委員、規制・制度改革推進委員会委員、行政刷新会議事業仕分け評価者など公職を多数歴任。
著書に『政策論争のデタラメ』、『中国のジレンマ 日米のリスク』(いずれも新潮社)、『あなたはアベノミクスで幸せになれるか?』(日本経済新聞出版社)など。
2011年6月よりテレビ東京『ワールドビジネスサテライト(WBS)』レギュラー・コメンテーター。

著者紹介

ピクテは1805年、スイス、ジュネーブにおいて会社創設以来、一貫して資産運用サービスに従事し、運用サービスに特化したビシネスモデルを展開してまいりました。信用格付ではフィッチ・レーティングスからAA-の格付けを取得しております(2018年5月末現在)。注:上記の格付はピクテ・グループの銀行部門の債務の信用に対するもので、運用部門や運用能力に関するものではありません

1981年、日本経済や株式市場の調査を目的に東京事務所を設立しました。その後、1987年から機関投資家を対象とした資産運用サービス業務を開始、1997年には投資信託業務に参入し、運用資産総額は1.98兆円となっています(2018年12月末現在)。外資系運用機関の大手の一角として、特色ある資産運用サービスをお届けしております。

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