高齢の母の面倒を見るから…長男が全財産を相続
元々、心臓が弱かった父。その年の夏は暑さが厳しく、負担が大きかったのでしょうか。ベランダのウッドデッキのイスに座りながら夕涼みをしたまま、息を引き取っていたといいます。
突然のことに、家族はみな悲しみに暮れていたといいます。法事がひと通り終わったころ、やっといろいろ考えられるようになりました。そして、父の遺産について、家族みんなで話し合うことになりました。
父が遺したのは、自宅と預貯金が2,000万円ほど。また生命保険がかけられており、その受取人は母になっていました。保険金があるから、遺産は3人の子どもたちで分けるといいわ、と母。そこまで話が進んだとき、実家で暮らす兄が「今後、母の面倒はまかせてほしい。その分、多めに遺産をわけてほしい」といいました。特にお金に困っているわけではないと、次男もA子さんも遺産相続を放棄。父の遺産はすべて長男が相続することになったといいます。
「遺産争い!? うちの場合は、まったく無縁ですよ。残された母の面倒を、一番の上の兄が見てくれていますし」とA子さん。その後、夫の仕事の関係で、地方に引越すことになったA子さん。元々、次男も地方に住んでいて、家族全員が集まるのは、正月くらいになっていたといいます。
そして、父の死から5年ほど経ったとき。また家族を揺るがす事件が起きるのです。前触れはありました。数年ほど前から母は認知症になり、徐々に進行していたのです。
「この前会った時は、そんなにひどくなかったから、安心かなと思っていたんですが……」
連絡をしても電話に出るのは兄ばかりで、母の声が聞こえてこないことに心配になったA子さん。ある日、久々に実家に行ったところ、そこに母の姿はありませんでした。
「あれ、お母さんは?」
A子さんの問いに、何も答えない長男。家のなかを探してみましたが、母はいません。そして違和感を覚えます。母が暮らしている痕跡がないのです。
「ねえ、お母さん、どこにいるの? この家にいないよね」
「……施設に入った」
「えっ!?」
「認知症がひどくなったから、この前、施設に入れた」
「何でそんな大切なこと、わたしたちにいわないのよ!」
そういって、母が入ったという施設にいくと、そこにはA子さんの記憶にはない母の姿が。からだはやせ細り、年の割に美肌と自慢していた肌はボロボロ、顔色も土のようで、明らかに健康とはいえない状態でした。
「ちょっとお兄ちゃん、お母さん、どうしちゃたのよ!」
「認知症が進んで、おれのこと誰だか分からないし、ご飯も食べてくれないし」
「だからって、あれは異常よ!」
「仕方がないだろう、おれだっていろいろがんばったさ」
「遺産分割のとき、おれに任せておけっていったじゃない。あの約束はなんだったのよ!」
「………」
「もう、お兄ちゃんにお母さんを任せることなんてできない……そうだ、お母さんの面倒はわたしが見るから、お父さんの遺産、もう一度」
「もうないんだ」
「はぁ!?」
「この家も売ることにした」
「何いっているのよ! ふざけないで!」
このあとわかったのは、兄には借金があり、父からの遺産はすべて返済に消え、それだけでは足りず、家も売却することにしたといいます。あまりのだらしなさに大きな怒りを覚えたといいますが、兄を構っているよりも、変わり果てた母を優先することにしたといいます。