経営者タイプが同じなら後見型の事業継承は可能
前回に引き続き、経営者タイプと職種タイプを意識した最適な継承パターンと、その成功事例について見ていきます。
●後見型
後見型で後継者を育てる場合、時間がかかるため、短期間で事業継承を望むなら経営者タイプも職種タイプも一緒であるのがベストです。ただし、タイプが違ったとしても、あらかじめ時間をある程度かけて引き継いでいく前提であれば、その溝を埋めることができます。もし職種タイプが違ったとしても、経営者タイプが同じであれば、後見型の事業継承を行うことが可能です。
<成功事例>
電子部品の製造を行っているP社は、創業1954年の老舗企業です。高度経済成長やバブル経済に乗って事業を拡張し、1990年代後半からは海外に拠点をつくって世界をフィールドにビジネスを展開してきました。その創業者であるK氏は、技術者として優れており、デスクワークよりも現場での業務を好む傾向もありましたが、経営者としては攻めの経営を持ち味として、積極的に事業拡張や設備投資を行ってきました。
K氏にはT氏という息子がいて、P社で一緒に働いています。T氏は海外の大学で経営学を学んだ後、P社に入社した経歴の持ち主であり、P社では企画戦略を担当。海外展開の必要性を説いたのもT氏であり、その国際的なビジネス感覚を生かして、いくつもの海外拠点を成功に導きました。T氏もまた、積極的に打って出ることを好む指揮官であり、経営者タイプとしてはK氏とほぼ同じといえます。
K氏が引退を考え出したのは、65歳の頃でした。「70までには事業をすべて引き継ぎ、のんびり余生を送りたい」と思うようになりました。後継者は当然、息子であるT氏ですが、K氏にはひとつ不安要素がありました。確かにT氏の経営手腕には光るものがありますが、高い技術力を看板としてここまで勝ち残ってきたP社を継ぐには、やはり技術的なアイデアや経験が不足しているのです。
そこでK氏は、70歳までに段階的に経営権を移しつつ、T氏を技術部門に転籍させ、一から現場でP社の技術について教えることにしました。創業者と後継者候補に毎日のように現場に立たれては、従業員はやや困惑したでしょうが、次第にT氏に親しみを持ち、技術部門でも信頼が生まれたといいます。
K氏は5年の歳月をかけて、自らが持つ知識と経験を余すところなく息子に伝えていきました。引き継ぎも、頃合いを見て技術部門の取締役にしたうえで、少しずつ株式などを譲渡していき、70歳で実務的な引き継ぎをすべて終え、予定通り引退して会社から完全に手を引きました。T氏は、経営手腕と技術的アイデアを併せ持つ、バランスのいい経営者となり、現在も業績は順調です。
経営者が持つ業務面での強みをどう継承するか?
●補佐官型
職種タイプが違うなら、今までの経営者が持っていた業務面での強みを新体制にいかに継承するかがひとつの鍵になります。また、後継者がひとつの分野にだけ秀でた能力特化型人材である場合、それ以外の分野の力が大きく落ちてしまう可能性があるので、それを補うために有能な補佐官をつける必要が出てきます。ポイントとなるのは、補佐官にそれなりの権限を与えたうえで、後継者は自分の得意分野だけに集中できる環境をあらかじめ用意することです。
<成功事例>
楽器メーカーとして、世界に顧客を持つS社。もともとは音のなるおもちゃのメーカーとして1960年に創業されましたが、業務領域を楽器へと移し、成功をおさめました。S社の特長は、なんといってもその技術力にあります。職人の手仕事で生み出される楽器の数々は、他社の同商品とは一線を画す音色を持ち、世界の一流アーティストがS社の製品を好んで使うまでになっています。オーダーメイドなどに柔軟に対応してきたことも、ブランド力向上につながりました。
創業者のS氏は、もともとはものづくりの職人でしたが、経営の才能にも恵まれ、ブランディングや世界展開を戦略的に行ってきました。販売数の拡大よりも利益率を重視した経営スタイルで着実にブランド力をつけ、業績を伸ばしました。S氏には子どもはいませんでしたが、甥であるD氏がS社の製造部門に入社し、いわゆる職人として働いています。D氏は楽器づくりに関して無類の才能の持ち主であり、斬新なアイデアでオリジナリティの高いヒット製品を生み出してきました。S氏はその実績を認め、D氏を製造部門のトップに据え、可愛がっていました。
しかし時代は流れ、電子音楽の台頭なども影響して楽器市場は年々縮小。S社も、国内の工場をいくつか閉鎖し、経営的に難しい局面を迎えていました。悪いことは重なるもので、時を同じくしてS氏は体調を崩して3か月の入院生活を余儀なくされ、退院後も体調が完全に戻ることはありませんでした。
S氏としては、先の展望がないことから自分の代で事業を終わらせようとも考えましたが、D氏がそれに強く反対し、「自分に継がせてくれないか」と懇願してきました。S氏は腹を決め、自分は一線から身を引いて、D氏に会社を任せることにしました。楽器づくりにこだわりの強いD氏は、ブランドの継承と高利益率重視の姿勢をそのまま引き継ぐことを望みました。経営者タイプとしても、S氏と近いものがあったといえます。
しかし、D氏には楽器づくり以外のノウハウが、まったくない状態です。全社的な業務の流れも、経営についても把握していません。かといって、S氏が一から育てていくには、自らの健康面に不安があります。
そこでS氏がとったのは、社外から人材を獲得する手法です。自らはオーナーという立場に退いて経営権をある程度残したうえで、副社長として経営のプロを招へい。D氏は役職としては代表取締役ですが、実質的には今まで通り製造部門を統括しつつ、経営や会社の業務について全般的に学んでいきます。経営に関しては、はじめは副社長に一任し、D氏に社内業務や経営の知識が身についてきたら徐々に自ら指揮をとるという形にしました。
この手法は成功し、結果的に今までの会社の力を落とすことなく事業を継承することができました。楽器市場は現在でも厳しい状況ではありますが、中国で思わぬ特需が生まれるなど追い風も吹き、現在は経営状況が回復してきています。