今回は、信頼の厚い補佐官型で事業継承を行う場合と、分社化をして後継者に別会社で腕を振ってもらう場合の事業承継を見ていきます。

信頼できる補佐官に権限を与え、経営の暴走を防ぐ

前回に引き続き、経営者タイプが異なるが職種タイプが同じ場合の最適な継承パターンと、その成功事例を見ていきます。

 

●補佐官型

たとえ経営者タイプが違ったとしても、職種タイプが同じであれば、補佐官型の事業継承も可能です。

 

基本的に、後継者が能力特化型である際によく用いられる手法ですが、職種タイプが同じであれば業務関連の引き継ぎはスムーズにいきやすいといえます。経営者タイプが異なることで、後継者は自分と違った経営方針を打ち出す可能性が高くなりますが、信頼の厚い補佐官にある程度の権限を与えておけば、万が一の暴走を抑えることもできます。

 

<成功事例>

江戸時代から続く歴史のある和菓子店を営むR氏。先代までは、地域に根差した手堅い経営で家業を守ってきましたが、自らの代で工場を拡張し、和菓子の大量生産を行ってデパートなどに卸すまでに事業を拡大しました。

 

こうして和菓子の製造メーカーとなったF社は、バブル期に拡大路線をとり続けたこともあり、その崩壊で大きな損害を受けました。一時は倒産寸前までいきましたが何とか踏みとどまり、事業規模を縮小して経営を続けてきています。

 

R氏には娘が1人いて、経営にはまったく関心を示しませんでしたが、彼女はF社の営業支援部門に籍を置く社員I氏と恋に落ちて結婚し、R氏はI氏を婿養子として迎えることになりました。「これで後継者ができた、自分の代で店を終わらせずに済む」と、R氏はほっとしたといいます。

 

R氏ももともと、商品の企画や宣伝、広報活動といった営業支援を得意としてきましたから、職種タイプは一緒です。ただしI氏は、広告畑一筋でここまで歩んできており、経営はもちろん、製造や営業に関する業務も把握していませんでした。加えてI氏は、広告や宣伝におけるクリエイティブな能力は非常に高い半面、収益予想や利益率などの数字には弱く、R氏は果たして経営を任せられるのか不安に思っていました。

 

しかもI氏は、入社してすぐにバブルが崩壊したという経歴から、会社の業績がどんどん悪化していく時期を従業員として味わっています。そのせいもあってなのか、経営者としては極めて慎重であり、R氏とは真逆に近い考え方の持ち主でした。

 

事業継承にあたりR氏が打った手は、経理部門の責任者を副社長に据えるというものでした。副社長には株式を分譲してそれなりの発言権を持たせたうえで、I氏には、「経理関係のことはすべて副社長に一任すること」と事前に確約をとっておきました。また、新たに社外取締役を置き、経営についてもきちんと監査できるよう体制を整えました。

 

このような状況であると、I氏の権限が小さくなってやりづらいのではないかと考える人もいるかもしれませんが、能力特化型であるI氏にとっては、むしろ苦手なことは人に任せて自分のフィールドに専念できる環境といえます。新体制になってから、広告戦略の成功などで売り上げが伸びているのも、I氏の手腕によるところが大きいはずです。

売上の根本は分社化戦略で守る

●戦略型

職種タイプが同じであっても、経営者タイプが違うと売り上げの質が変わることがある、というのは前述の通りです。会社全体でそのリスクを背負うことが難しいと感じるなら、分社化という戦略をとって後継者には別会社として腕を振るってもらうという方法があります。

 

そうなるともとの会社の後継者を選ぶ必要がありますが、これは自らと経営者タイプおよび職種タイプが近い従業員を選んで既存の路線をそのまま引き継ぎ、株式は自らが保有したまま会長職などに就くといいでしょう。

 

<成功事例>

宝飾店として1982年に創業したK社は、バブルを足掛かりに一気に成長し、オリジナルブランドを立ち上げて多店舗展開を行うようになりました。その立役者となったのが、創業者のK氏です。幅広い価格帯の商品を扱い、あらゆる客層を取り込む販売戦略で業績を伸ばしました。バブル崩壊後には、ターゲットを高所得者に絞った会員制の店舗を展開し、これも成功をおさめました。

 

K氏は70歳を超えたことを機に、引退を考えるようになりました。K氏には子どもがいませんでしたが、年の離れた末弟のM氏が、K社の販売促進部に勤務していました。

 

K氏は、M氏を後継者候補として検討をはじめました。販売戦略を重視して売り上げを伸ばしてきたK氏と、販売促進を手掛けるM氏は、職種タイプとしては合致しています。ただし、30代後半のM氏は常々、インターネットを活用したビジネスモデルの構築を提唱してきており、もし新体制となったなら、直営店舗を土台に売り上げを拡大するという従来の手法とは異なる路線に移行する可能性がありました。また、経営者タイプに関しても、K氏が慎重に戦略を練りこむタイプであるのに対し、M氏は積極的に勝負に出るタイプであり、ずれがありました。

 

近年は売り上げが停滞し、従来のやり方での成長が難しくなってきてはいます。ただし、だからといって売り上げの軸を大きくインターネットに移そうとするような投資は、リスクが高すぎます。そこでK氏が選んだのが、分社化です。インターネットを軸に宝飾を販売する別会社を立ち上げ、そのトップにM氏を据えました。M氏とともに別会社に席を移した主要メンバーは、いずれもM氏が選定した人材であり、リーダーシップを発揮しやすい環境となっています。

 

K社のトップには、側近中の側近である古株の社員を据えて自らの経営方針を託し、自らは株式を持ったまま会長職に退きました。M氏は現在、自らの経営方針に基づいて自由に別会社を経営しています。最初は赤字続きでしたが、徐々に実績をつくり、現在では売り上げが順調に推移しています。一方のK社は、躍進こそありませんが毎年安定した売り上げを計上。結果的に、グループとして見れば確実に成長しているといえます。

本連載は、2015年10月25日刊行の書籍『たった半年で次期社長を育てる方法』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

たった半年で次期社長を育てる方法

たった半年で次期社長を育てる方法

和田 哲幸

幻冬舎メディアコンサルティング

中小企業は今後10年間、本格的な代替わりの時期を迎えます。 帝国データバンクによると、日本の社長の平均年齢は2013年で58.9歳、1990年と比べて約5歳上昇しました。今後こうした社長たちが引退適齢期に突入します。もっと平…

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