今までの路線をしっかり継承していく「匠型」
前回に引き続き、経営者タイプと職種タイプが同じ場合の最適な継承パターンとその成功事例について見ていきます。
●匠型
大企業でよく見受けられる継承手法ですが、中小企業で選択されることもあります。自らの右腕といえる幹部社員に事業を継承し、今までの路線を継承していくという手法なので、経営者タイプと職種タイプが同じであれば申し分ありません。社内の根回しは必要になるでしょうが、後継者がすでに社内で跡継ぎと目されているような場合は、継承期間も短くて済みます。
<成功事例>
アパレルメーカーを営んできたK社。バブルで一気に事業を拡大し、デパートに商品を卸すほどに成長して直営店舗も20を超えました。バブル経済末期に、経営者であるY氏が一時体を壊して事業拡大を控えたことが功を奏し、バブル崩壊後のダメージは最小に抑えられました。昨今も経営は比較的順調に推移していましたが、Y氏は再び体調を崩したことで、経営者としての限界を感じ、事業継承の準備をはじめました。
Y氏には子どもがおらず、親族とのつき合いも良好とはいえませんでしたので、親族内継承は難しいところでした。
しかし、Y氏は事業継承を望み、あらかじめ自らの右腕といえる人材であったE氏を後継者にしたいと考えていました。現在取締役であるE氏は、起業当初からY氏を支えてきており、Y氏の経営を身近で学んできたとともに、デザインなど技術的なレベルも高く、社内での評判もかなりのものでした。ですから、Y氏が周囲に対し後継者の告知を行った際も、従業員に驚きはありませんでした。
Y氏は、株式などは保有したまま会長職となり、E氏の新体制が発足しました。引き継ぎにかかった期間は2か月と、社内調整に要する時間が必要な匠型では破格といえる短さでした。もともと経営者タイプも職種タイプも同じであったことから、意見が分かれることはほとんどありませんでした。現在も、従来の経営方針を堅持しつつ、自らの発案で新たなトライを行う際には会長であるY氏に相談するなど互いによい関係で会社を運営できています。
安定した経営ができるまで育てて継承する「後見型」
●後見型
後継者が安定した経営ができるまで育てつつ事業継承を行う手法をとる場合も、経営者タイプと職種タイプは同じであることが望ましいといえます。後見型というのは、ただでさえ時間が必要なやり方です。もしどちらかのタイプが異なってしまうと、経営方針や業務内容が伝わりづらいため、その共有にさらなる時間を要してしまうことになります。可能な限り短期間で事業継承を行うには、やはりタイプがそろっている必要があります。
<成功事例>
工務店として地域に根差した経営を行ってきたD社。経営者であるO氏は、先代が興した材木会社を引き継いで工務店へと事業を拡げ、成功をおさめました。しかし、O氏は50代で体調を崩し、この先も経営者としての責務を果たせるかという不安を抱えました。そこで自分は一線からは退き、後継者に会社を託すことを考えはじめました。後継者選びに、迷うことはありませんでした。O氏にはU氏という30代の息子がおり、D社の取締役として勤務していたからです。
ただし、ひとつ問題がありました。U氏は大学院を卒業してから大手建設会社の営業部に就職し、その後にD社へ来たため社歴が浅いことです。まだまだ会社の実務に精通しているとはいえず、すべてを託すのは難しいと思われました。そこでO氏は、自らは会長職について権限を残しつつ、U氏の成長に合わせて少しずつ事業や人脈を引き継いでいくことにしました。社内からの信頼も、U氏が実績を上げるごとに少しずつついてくるだろうとも考えました。
経営以外の会社の業務でO氏が主に担ってきたのは営業であり、技術部門は職人たちに任せてありました。一方のU氏も、大手企業で営業スキルを磨いた経歴があり、職種タイプは一致していました。また、O氏とU氏は「似たもの親子」で、性格も心情も共通する部分が多くありました。結果的に、U氏は父の教えを余すところなく一気に吸収していき、事業継承自体は3か月で終了。その後もO氏は会長職にとどまりU氏と会社を見守っていますが、経営は安定し、現在ではほとんど口を出すことがなくなっています。