事業は「ソフト」と「ハード」の2階建てで成り立つ
事業承継を行うための「引継ぎマニュアル」の作成方法を見ていきます。
【その2:引き継ぐべきことを検討する】
事業引き継ぎについて考える時、引き継ぐべきものは何なのかに焦点を当てると、情報がすっきりと整理しやすくなります。事業というのは、“ソフト”と“ハード”という2階建ての概念的構造で成り立っています。
それを説明するのに、ひとつ適したエピソードがあります。フランスの作家、サン=テグジュペリの代表作である「星の王子さま」の一節に、「大人は数字が好き」というエピソードがあります。おおむね以下のような内容です。
大人というものは、数字が好きです。僕が新しくできた友だちの話をするとき、大人は、肝心なことはききません。「どんな声の人?」とか、「どんな遊びが好き?」とか、「蝶の採集をする人?」とかいうようなことはまるで聞かずに、「その子は、いくつ?」とか、「兄弟は、何人いるの?」とか、「体重はどのくらい?」とか、「お父さんは、どのくらい給料をとっているかな」とかいうようなことを聞くのです。そしてやっと、どんな人かわかったつもりになるのです。
文章の中には哲学的にも多くの示唆が含まれていると感じますが、それはさておき、ここでは大人と子どもの表現方法について考えてみます。
子どもは「どんな声なのか」「どんな遊びが好きか」といったように概念的な表現方法を好むのに対し、大人は「年齢はいくつか」「体重はどれくらいか」と具現的な表現方法で対象を把握しようとしています。これは両方とも間違いというわけではなく、表現方法や理解しやすい対象の違いであるといえます。そして、両者を組み合わせれば、さらに明確な人物像を描くことができます。
こうして、異なる概念を組み合わせてものごとを表現するという視点で考えるなら、あるひとつの事象は、「量や数字であらわせないもの(ソフト)」と、「量や数字であらわせるもの(ハード)」で成り立っていると見ることができます。
星の王子さまの話でいうなら、子どもが表現しているのはソフトで、大人が表現しているのはハードです。身近なところで例えるなら、自分自身は、人格・性格・愛想・交友関係などのソフトと、性別・体形・体格・血筋というハードで成り立っています。
ソフト面のケアを怠ると事業承継は失敗する
この「ソフトとハード」という概念的構造は事業にもあてはまり、事業引き継ぎについて考えるうえでの指針として活用できます。ハードというのは、いわば見た目でわかるものですから理解しやすいはずですが、事業の「ソフト」という概念は、ややわかりづらいかもしれませんから、ここでソフトについての解説を加えておきます。
例えば自動車メーカーの成果物として、どの会社でもハードの基盤になっているものは同じ「自動車」です。しかし、ブランドイメージや理念というソフトがプラスされることで、法人のイメージが差別化されています。以下はあくまで個人的な印象ですが、トヨタは「万人向け」、日産は「優等生」、ホンダは「革新的技術」、スズキは「軽自動車」、三菱は「重厚感」というように、筆者にとってそれぞれのソフトが違うことで、好みのメーカーを選べるわけです。つまりソフトは、企業の差別化の土台となるものと考えることができます。
ひとつの企業をソフトとハードに分類すると、販売戦略・経営理念・従業員名・経営者の個性、営業担当の性格などがソフトにあたり、取扱商品・従業員数・資本金額・売上高・社歴などはハードにあたるものです。
さらに細かく見ていくなら、例えば、売り上げは「誰が・どのように・いくらで(ソフト)」+製品・定価(ハード)」、組織は「主な役割・個人名(ソフト)+部署名・人数(ハード)」、資金繰りは「どこから・どのように(ソフト)+いくら・用途(ハード)」・・・というように、事業を構成するあらゆる要素が、ソフトとハードに分けられます。
【図表 企業の中身をソフトとハードに分解する】
事業とは、理論的にはハードの部分さえきちんと引き継ぐことができれば事業の継続は可能です。しかし実際には、親子間の対立や従業員の不満などといったソフトの要因から事業継承に失敗するケースが非常に多く、ソフトの部分をきちんと整えておくことも極めて重要であるといえます。第1回目の「その1:自分を知る」は、実はソフトの部分をうまく後継者とマッチングさせていくために必要なことでした。
次回は、ソフトに関しても注意を払いつつ、ハード部分の具体的な引き継ぎ方について解説していきます。