「相続対策はいつ頃から始めるべきなのだろう…」。そう気にされている方は少なくないでしょう。自身が元気に暮らしている間は、考えることに特に抵抗があるかもしれません。それに対し、税理士法人田尻会計の税理士・古沢暢子氏は、相続対策はいつ始めても早すぎることはなく、遅すぎることもないと述べています。本記事では、10年後の相続を想定して対策を始めたAさんの例をご紹介します。

 

日々、「相続」について考えることはありますか? ご自身が元気に過ごしている間は、「相続」などかなり先の話と感じて、抵抗を覚える方は多いと思います。

 

しかし、相続対策はいつ始めても早すぎることはなく、遅すぎることもありません。今回は、このことを強く考えさせられた事例をご紹介します。

10年後を見据えた相続対策だったがまさかの展開が…

「主人が亡くなりました…」とAさんの奥様から電話を受けたのは、元号が令和に変わってすぐのことでした。

 

Aさんのご夫婦とは資産税関係のセミナーを通して知り合い、その後、個人的にAさんの相続対策の依頼を受けることになりました。当時はとてもお元気で、Aさんも「まだ相続なんて早いと思う」と言っていたことを、今でも覚えています。

 

相続対策は夏から始まり、毎月1回程度ご自宅を訪問して、12月半ば頃に具体的な対策案を決めることができました。

 

しかし、その1年後に、Aさんは体調を崩して入院しました。それから数ヶ月の闘病の後、他界してしまったのです。

 

相続対策はいつ始めても早すぎることはなく、遅すぎることもない。
相続対策はいつ始めても早すぎることはなく、遅すぎることもない。

 

Aさんの相続対策では、まず所有財産の聴き取りを行いながら、奥様やお子様にどのように財産を相続させていきたいかを聞きました。その上で、現状での相続財産評価と相続税の概算を伝え、どのような対策をとっていくべきかを一緒に考えていくことになりました。

 

Aさんは自宅以外にも複数の土地を所有しており、その中には権利関係が複雑な土地も含まれていたため、できれば生前にその整理を行いたいという意向でした。また、お孫様への教育資金の贈与や奥様への居住用不動産の贈与、ご長男の次に家を継いでいくことになるお孫様を養子にすることなどを検討し、具体的に実行する対策を決定しました。

 

Aさんの現在の年齢を考慮し、10年後の相続開始を想定してシミュレーションを行った結果、相続税の納税資金は確保可能であることも確認できました。

 

しかしこの時、実際にAさんの相続が起こるまでには、1年半という短い時間しか残されていなかったのです。

 

Aさんは結局、教育資金の贈与とお孫様を養子にすることは実行しましたが、その他の対策については手つかずのままとなりました。体調を崩されていたこともあり、遺言を残すこともできませんでした。

 

「何もできないまま亡くなってしまったわね…」と、奥様は寂しそうでした。

生前、考えを共有していたおかげで進展がスムーズに

Aさんの相続税の申告作業を始める時期が来ました。奥様の協力を得て、銀行・証券会社・保険会社などから所有財産に関する書類を集めました。生前に現預金や株式、生命保険金の内容を把握していたため、連絡先や手続きの方法などをすぐに伝えることができました。

 

また、権利関係が複雑な土地に関しては、以前からAさんご夫婦とお付き合いのあった測量士と連携して、実際の使用用途や相続する方の別に応じて区分を行い、面積などを算出して評価を行いました。

 

相続が発生した時には土地に関する資料の収集が完了しており、使用用途や隣地との権利関係などの特色も把握していたことから、より早く評価をすることができたと感じています。

 

Aさんは遺言を残しませんでしたが、生前の相続対策を通して、奥様にご自身の考えを伝えることができました。

 

代々承継してきた土地をどのように相続させていきたいか、預貯金や株式についてはどのように考えているかなど、Aさんから直接話を聞くことができたことで遺産分割も円滑に進み、さらには、相続する財産から納税資金を確保できることもわかっていたので、相続税申告についても余裕をもって行うことができたのです。

簡単なことからでOK、対策を早めに始めるメリット

奥様は、Aさんの具体的な相続対策をほとんど実行することができなかったことを「何もできないまま亡くなった(そして自分も何もしてあげられなかった)」と感じたようでした。

 

しかし、私は「そのようなことはなかった」「生前の相続対策を通してAさん自身の中にある考えを家族に伝えることができたことの意義は大きかった」と、強く伝えたいと思いました。

 

セミナーでお会いした当時、とてもお元気だったAさんが、なぜあの時に相続対策をしようと思ったのか、今ではその答えを知ることはできません。ただその判断は、残されたご家族が「相続」という未知の出来事に対処する上で、大きな力になったことは事実です。

 

「身近な人が亡くなって…」「自分の年齢を考えて…」「新聞や本を読んでいたら…」など、ふと何かが心に引っかかり、自身の相続について考えることがあります。

 

そのようなとき、所有している財産を目に見えるように書き出してみるなど、簡単なことからでもよいので、相続対策を始めてみてはいかがでしょうか。また、ご自身の考えを身近な人に伝えてみてはいかがでしょうか?

 

その時間や行動が、結果的に、大切なご家族のためになるかもしれません。

 

 

古沢 暢子
税理士法人田尻会計 税理士

 

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