「毒親」という言葉が世間にすっかり浸透し、多くの人々が「子を蝕む親」に対して強い関心と危機感を覚えるようになった昨今。とはいえ「毒親育ち」当人からすると、親を害的存在としてそう簡単に切り捨てることはできるまい。本連載は、コメンテーターとしても活躍する脳科学者・中野信子氏の書籍『毒親』(ポプラ社)より一部を抜粋し、「親子関係」を紐解くことで、毒親に悩む人たちの苦悩を解消しようと試むものである。

子どもに対する愛情がありながらも…

◆娘に張り合う母

 

また同じ大学の友人の話を例として紹介します。彼女は私とよく似ていて、幼いころから「あなたはちょっと変だ」と、まわりから言われて育ったそうです。小学校に上がる前に自分は異質だと自覚していて、集団生活の中に入っても、うまく振る舞うことができない。

 

よく話を聞いてみると、彼女の母も普通ではないのです。子どもに対する愛情がないわけではないのですが、自分がスターであるということを周りに認めさせたいタイプで、一般的な母親像とはややかけ離れた人のようでした。

 

感情の振れ幅が極端で、何よりも子どもと競い合おうとする気持ちが強く、自分の娘であるはずの彼女の能力が誰かにほめられたり、高く評価されて何かを受賞したりということを非常に嫌ったといいます。

 

例えば「お嬢さんはとても優秀ですね」とほめられても「そんなことはない。自分のほうが優秀だ」と、自慢話が始まってしまうなど、自分の娘がほめられても、喜ぶことがなかったというのです。

 

それでは実際には母の学歴や経歴がどのようであったかというと、特筆すべきようなことが取り立ててあるわけではない(そもそも大学に行っていない)のです。ただ、むしろそれがかえってコンプレックスとなってしまい、自分は優秀な女性であると派手にアピールしなくてはならなかったのかもしれない、という見立てもできます。

 

ただ彼女は、あまりの理不尽さに、母のパーソナリティが正常ではないのではないかと疑い、その育ってきた環境に目を向けようと思ったそうです。調べてみると、やはり理想的な祖母─母間の関係はないことがわかり、いろいろなことが腹に落ちたといいます。

 

実際、祖母のほうがもっときついくらいで、虐待といってもいいくらいの仕打ちを娘である彼女の母親に対してしていたのです。この祖母は非常に攻撃的なタイプの女性ではあったのですが、自分でビジネスを立ち上げており、家庭よりも仕事に目が向く人であったので、24時間べったり子どもと向き合っていたわけではなく、その点は救いがあったようです。

 

とはいえ、かなり癖のある性格ではあり、表面を取り繕うタイプというのか、見栄っ張りといえばいいのか、着るものや外に見えるもの……家柄、収入、肩書きなど、こういったものを非常に重視する性質で、その娘であった母親が、100人いれば100人が「駄目男」と言うであろう父親を選んだのは、こういう祖母の価値観に対する無意識的な抵抗だったのかもしれません。男性は、肩書きや収入ではない!と反抗してみせたかったのでしょうか。

 

この祖母の苛烈さを思えば、母はそれでもまともなのかもしれない。けれど、感情をコントロールできなくなった母からの仕打ちを受けると、どうしてこういうことが繰り返されるんだろう……という気持ちが止められなくなり、その絶望感に苦しめられてしまった、と彼女は言います。

 

どうすればこのひずみを正せるのかという気持ちが、彼女が学問を志したきっかけでした。人はもともと家族なのではなく、自立した一個人であることが前提で、そのうえでそれぞれいろいろな複雑な思いを抱えて生きている。そして、その一個人ですら完成されているわけではない。家庭内の問題も、母娘間の問題に限らず母─息子、父─娘、父─息子、いろいろな関係のなかでのひずみがあり、理想的な関係というのは極めてまれにしか存在しないのかもしれないと、ようやくあきらめがついたのはつい最近のことだといいます。

 

彼女は摂食障害で長く苦しんでいます。過食嘔吐を繰り返し、学部時代は休学して、1年遅れて卒業しました。結婚もしましたが、長女を出産してからすぐに離婚し、元夫との関係は決して良好とは言えないようです。これが母娘の問題と関係あるのかどうか、もちろん確たることは言えないのですが、身近な他者を信頼できない感覚と家族問題とは、無関係ではないように思います。

 

 

中野 信子
脳科学者

 

 

本記事は、中野 信子著『毒親』(2020年3月25日・ポプラ新書刊)より一部を抜粋・編集したものです。最新の情報には対応していない場合がございますので、あらかじめご了承ください。

毒親 毒親育ちのあなたと毒親になりたくないあなたへ

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