「私をバカにしているの」と吐き捨てるように言う
◆娘を妬む母──白雪姫コンプレックス
「白雪姫コンプレックス」というのは、「毒親」というタームよりも早くに精神科医である佐藤紀子医師が提唱している用語です。その意味するところは娘側から見た視点と母側から見た視点が混在して世間に流布してしまったため、用法にやや整理がついていない印象がありますが、本記事では、母親が娘に対して持つ憎悪を意味する概念として扱っていきます。
グリム童話『白雪姫』は、継母が娘を殺そうとする物語として広く知られています。しかし、実はグリム童話初版本では継母ではなく、実母が娘を殺そうとする物語であった、というのは、今では有名な話でしょう(二版以降では、実母とするのはよくないという配慮が働いたのか、継母に変更されています)。この物語では、第三者(鏡)に娘と容姿を比較された母親が、娘の美しさを妬んで娘をあの手この手で殺そうとします。
ごく個人的に聞いた話ですが、私にもこんな友人がいます。この友人の母は、母親である自分よりも、子である友人が優れていることが許せなかったようでした。もちろん友人からしか話を聞いてはいませんし、彼女のお母様にはまたお母様の言い分というものがあるでしょう。しかし、友人はそれも理解したうえでなお、自身が受けた仕打ちを忘れられないと言います。
学校のテストで百点を取ってその答案を見せても一切褒められることはなく「そんなテストを自慢げに見せつけるなんて、私をバカにしているの」と吐き捨てるように言う。子どもが自分よりも優秀なことが許せない、また、無邪気に幸せを享受しているのが許せない、子どもと張り合ってしまう……。母親に愛されたい盛りの子ども時代に、この仕打ちはかなりショックだったことでしょう。そういうタイプの母親の話を、彼女以外からもしばしば聞くことがあります。
もっと自分が心情的に優しい子であったら、などと述懐するように彼女は時折つぶやくことがあります。客観的にみればそのこと自体が「優しい子」である証左のようにも思えます。彼女は自身のそうした性格──母親の行動を理性的に受け止める性質──が、良かったことなのか、悪かったことなのか、わからないといいます。冷静に受け止めてしまうそのこと自体が「生意気で可愛げがない」と母親に不安感を与えてしまったのではないかと思っているのです。
彼女には妹がいたそうですが、妹は正反対の性格で、母親からはかわいがられていたそうです。妹だったら母と一緒に苦しんであげられたのではないかと彼女は分析しています。
彼女はその後、東京大学に進学しました。年齢の割に冷めた子どもだったと自身で言うだけあって「母はこういう人なんだ」と自分を納得させていたようです。
一種独特な雰囲気があり、ドライだと評する人もいますが、一方で、過剰に他人に気を遣うようなところもあります。母のことはそれほど自分の性格に影響を及ぼしてはいない、と言ってはいるけれど、どこか他者に対して一歩引くようなところや、信頼できる人を求めているのかな、と思えるような寂しげなところが見え隠れするような感じもあります。
母親と彼女の間の大きな問題は、やはり結婚相手を探すときに顕在化しました。彼女がどんな相手を連れて行っても否定されてしまう。最初はなぜ反対されるのかよくわからず、付き合う相手をそのたびに親に紹介していたそうですが、30歳を過ぎたあたりでこれはおかしい、と思い、「これは母がもう1回自分の人生をやり直したいのかもしれない」と思うようになったそうです。
ご両親は彼女が物心ついたころからめったに口もきかないほど不仲で、父親は母親を殴る人だったといいます。彼女が中学生の時にご両親は離婚していて、たしかに幸せな結婚だとは言えなかったようですが、その失敗を娘に「繰り返させたくないのか、それとも自分よりも娘に幸せになってほしくない」のか、彼女にはよく分からず、悩んだようでした。いえ、本当は分かっていて、言葉にしたくないだけなのかもしれません。
彼氏があまり途切れたことのない人ですが、40代になる今でも結婚していません。未婚の人が増えているといわれていますが、母の意思を優先するあまり結婚できないという人は意外と多いのではないかと思います。彼女は、どこの馬の骨とも分からない男性よりも、本当は母親に愛されたいのかもしれません。