街の中心部にある自宅…維持費も結構かかるけど
とある町の中心に住むAさん。3人兄妹(長男、次男、長女)の長男として、いまは年老いた父とともに暮らしています。
先祖は町の名士で、もっと広い土地を持っていました。昔は町の中心からは離れた立地でしたが、町が発展、さらに家の近くに駅ができたことで、自宅は賑わいの中心に。広大な土地を維持していくのも大変で、少しずつ売却を重ねていった結果、Aさんの祖父の代には、土地は現在の自宅のみになったのです。
それでも町の中心にあるには十分過ぎる広さの土地。たびたび「土地を売ってほしい」という話がありました。しかしAさんの父は「この土地まで手放しては、先祖に申し訳ない」と、絶対に売らなかったのです。
父と同居していない長男以外の子どもたちは、「先祖といっても、もうずいぶんと昔のことだろう。維持するのもお金がかかるのだから、売ってしまえば」と何度か言ったことがありました。そのたびに、父は激怒したそうです。
Aさんも、先祖からの土地を守りたいと考えていました。
「時代はそうではないとは言っても、やっぱり『長男が家を継ぐ』という考えがあるじゃないですか。わたしも小さいころから、それが当然だと思っていたので……長男として、この家は守っていきたいですね」
このように実家の扱いに対しては家族間で相違はあるものの、そのほかの部分では良好そのもの。特にAさんの父の孫に対する溺愛ぶりはすさまじく、離れて暮らす次男と長女の家族が盆や正月に帰省するときには、新しい玩具を大量に用意し、孫を迎えました。さらに誕生日、クリスマス、入学、卒業……孫を迎えるあらゆるシーンで十分すぎるお祝いを贈ったといいます。
「わたしたち夫婦には子どもはいませんが、ちょうどよかったのかもしれません。弟や妹にしてみたら、長男である私が優遇されているという想いはあったでしょうから」とAさん。絶妙なバランスで、Aさん家族は成り立っていたのかもしれません。
しかしそのバランスは、父の他界によって少しずつ崩れていきました。
父は生前から「自宅は長男に」と言っていたが……
Aさんの父の葬儀がひと通り終わったあと、三人の兄妹は相続のことで話し合いのテーブルにつきました。Aさんの父が遺したのは、3000万円程の現金と自宅。また生前からAさんの父は、自分に何かあったときには、「自宅は長男に、残りは兄妹で分けるように」と言っていました。
次男「兄さんは、あの家にそのまま住みたいと思っているんだろ」
Aさん「先祖代々のものとして、父さんが守ってきた家だからな。俺も守っていきたいと思っている」
長女「お父さんも、散々言っていたから、兄さんが相続するのが自然な流れよね」
次男「ちょっと、いいかな」
Aさん「ん!?」
次男「あの家って、いまだったら結構な額で売れると思うんだけど、どれくらいで売れるんだろう」
長女「確かに、最近は土地の値段もあがっているし、結構な金額になるんじゃない?」
Aさん「税金の件もあるから、この前調べてもらったんだ。相続税の評価額は1.5億円ほどだったかな」
長女「そんなに!」
次男「それはあくまでも相続税の話で、実際の値段とは違うんだろう?」
Aさん「ああ、確か相続税の評価額は8割程度って言っていたから……実際は1億8000万円程度かな」
長女「そんなに!」
次男「俺は、別に自宅の分も考慮してきちんと3等分しろというわけではないんだ。ただ兄さんが自宅、現金は俺とC子(=長女)で均等に分けたとする。兄さんは売るつもりはないとはいえ、1億円8000万円を手にしたのと同然だろ。かたや俺らは1人1500万円だ。あまりに不公平だと思うんだ」
Aさん「でも税金もあるし……」
次男「万が一、税金が払えなかったら、あの家は売ることになるだろうな。そしたら兄さんの手元には、いくら残る?」
長女「税金を払っても、結構な額になりそうね。それは不公平だわ」
Aさん「ちょっと待ってくれよ。父さんは生前、お前たちの子どもために、色々な金銭的なサポートをしてきたよな。そんな父さんが遺したいと頑張ってきた土地なんだ。それを売るとか、売らないとか、ないだろう」
次男「それと、これとは話は別。それに兄さんには子どもがいないだろう。そのあと、誰に相続していくんだよ。もうこのあたりで『先祖代々』っていうこだわり、捨ててしまったほうが楽なんじゃない?」
このあとも次男は執拗に「自宅を売れ!」と迫ってきました。次男としても、自宅や車、子どもの教育費などの多くのローンを抱え、遺産を頼りにしている部分があったのです。また長女としても、あわよくば、という思いがあったようです。「自宅を売りたい」次男と長女、そして「自宅を売りたくない」長男との争いは、まだ決着していないといいます。
相続税額が大きく変わる「小規模宅地等の特例」
土地の評価には路線価を使い、この路線価方式による土地の時価には、大きく3つあります。ひとつは相続税を計算するときに採用され「相続税評価額」、そして固定資産税を計算するときに採用される「固定資産税評価額」、さらに実際に売買契約が成立する本当の意味での時価(=まったくの他人同士で売買契約が成立する金額)です。
これは、まったくの他人同士というのがポイントなのです。これがもし親子の間だったり恋人の間だったりすれば、どちらかが気持ちを譲歩することも考えられますよね。そういってできた取引金額は時価とは呼ばないのです。「あなた、これが赤の他人だったとしても同じ金額で売っていますか?」と質問されたときに堂々と、「はい、そうです」と言えないと、時価と認めてもらうことはできないのです。
実はこの3種類の時価には、高いものと安いものがあります。一番高いのは、実際の時価です。二番目に高いのは相続税評価額、最も低くなるのは、固定資産税評価額なのです。どのくらい変わるかというと、たとえば実際の時価が100だとすると、相続税評価額は80、固定資産税評価額は70になります。
また事例のように、亡くなった人が自宅として使用していた自宅を同居するAさんが相続するのであれば、「小規模宅地等の特例」を活用できます。この特例をひと言で説明すると、「亡くなった人が自宅として使用していた土地については、8割引きの金額で相続していいですよ」という特例です。
この特例が使える土地の面積は330㎡(=約100坪)で、それを超えた部分は通常の評価額となります。また使えるのは、配偶者か、同居親族か、亡くなった方と別居していて、かつ、3年以上自分の持家に住んでいない親族だけです。
この特例を使うことができれば、実際にかかる相続税の額は想像以上に低くなる可能性があります。そうなると、ますます次男や長女が抱えている不公平感は、さらに強まるかもしれません。
相続において、不動産は分けにくく争点になりやすい傾向にあります。遺す側は遺言書をもって、きちんと遺志を伝えることをおすすめします。
【動画/筆者が「小規模宅地等の特例」について分かりやすく解説】
橘慶太
円満相続税理士法人