年間約130万人の方が亡くなり、このうち相続税の課税対象になるのは1/10と言われています。しかし課税対象であろうが、なかろうが、1年で130万通りの相続が発生し、多くのトラブルが生じています。当事者にならないためには、実際のトラブル事例から対策を学ぶことが肝心です。今回は、実家を継ぎたい長男とそのほかの兄妹の間で起きたトラブルについて、円満相続税理士法人の橘慶太税理士に解説いただきました。

街の中心部にある自宅…維持費も結構かかるけど

とある町の中心に住むAさん。3人兄妹(長男、次男、長女)の長男として、いまは年老いた父とともに暮らしています。

 

先祖は町の名士で、もっと広い土地を持っていました。昔は町の中心からは離れた立地でしたが、町が発展、さらに家の近くに駅ができたことで、自宅は賑わいの中心に。広大な土地を維持していくのも大変で、少しずつ売却を重ねていった結果、Aさんの祖父の代には、土地は現在の自宅のみになったのです。

 

それでも町の中心にあるには十分過ぎる広さの土地。たびたび「土地を売ってほしい」という話がありました。しかしAさんの父は「この土地まで手放しては、先祖に申し訳ない」と、絶対に売らなかったのです。

 

父と同居していない長男以外の子どもたちは、「先祖といっても、もうずいぶんと昔のことだろう。維持するのもお金がかかるのだから、売ってしまえば」と何度か言ったことがありました。そのたびに、父は激怒したそうです。

 

Aさんも、先祖からの土地を守りたいと考えていました。

 

「時代はそうではないとは言っても、やっぱり『長男が家を継ぐ』という考えがあるじゃないですか。わたしも小さいころから、それが当然だと思っていたので……長男として、この家は守っていきたいですね」

 

このように実家の扱いに対しては家族間で相違はあるものの、そのほかの部分では良好そのもの。特にAさんの父の孫に対する溺愛ぶりはすさまじく、離れて暮らす次男と長女の家族が盆や正月に帰省するときには、新しい玩具を大量に用意し、孫を迎えました。さらに誕生日、クリスマス、入学、卒業……孫を迎えるあらゆるシーンで十分すぎるお祝いを贈ったといいます。

 

「わたしたち夫婦には子どもはいませんが、ちょうどよかったのかもしれません。弟や妹にしてみたら、長男である私が優遇されているという想いはあったでしょうから」とAさん。絶妙なバランスで、Aさん家族は成り立っていたのかもしれません。

 

しかしそのバランスは、父の他界によって少しずつ崩れていきました。

父は生前から「自宅は長男に」と言っていたが……

Aさんの父の葬儀がひと通り終わったあと、三人の兄妹は相続のことで話し合いのテーブルにつきました。Aさんの父が遺したのは、3000万円程の現金と自宅。また生前からAさんの父は、自分に何かあったときには、「自宅は長男に、残りは兄妹で分けるように」と言っていました。

 

次男「兄さんは、あの家にそのまま住みたいと思っているんだろ」

 

Aさん「先祖代々のものとして、父さんが守ってきた家だからな。俺も守っていきたいと思っている」

 

長女「お父さんも、散々言っていたから、兄さんが相続するのが自然な流れよね」

 

次男「ちょっと、いいかな」

 

Aさん「ん!?」

 

次男「あの家って、いまだったら結構な額で売れると思うんだけど、どれくらいで売れるんだろう」

 

長女「確かに、最近は土地の値段もあがっているし、結構な金額になるんじゃない?」

 

Aさん「税金の件もあるから、この前調べてもらったんだ。相続税の評価額は1.5億円ほどだったかな」

 

長女「そんなに!」

 

次男「それはあくまでも相続税の話で、実際の値段とは違うんだろう?」

 

Aさん「ああ、確か相続税の評価額は8割程度って言っていたから……実際は1億8000万円程度かな」

 

長女「そんなに!」

 

次男「俺は、別に自宅の分も考慮してきちんと3等分しろというわけではないんだ。ただ兄さんが自宅、現金は俺とC子(=長女)で均等に分けたとする。兄さんは売るつもりはないとはいえ、1億円8000万円を手にしたのと同然だろ。かたや俺らは1人1500万円だ。あまりに不公平だと思うんだ」

 

Aさん「でも税金もあるし……」

 

次男「万が一、税金が払えなかったら、あの家は売ることになるだろうな。そしたら兄さんの手元には、いくら残る?」

 

長女「税金を払っても、結構な額になりそうね。それは不公平だわ」

 

Aさん「ちょっと待ってくれよ。父さんは生前、お前たちの子どもために、色々な金銭的なサポートをしてきたよな。そんな父さんが遺したいと頑張ってきた土地なんだ。それを売るとか、売らないとか、ないだろう」

 

次男「それと、これとは話は別。それに兄さんには子どもがいないだろう。そのあと、誰に相続していくんだよ。もうこのあたりで『先祖代々』っていうこだわり、捨ててしまったほうが楽なんじゃない?」

 

このあとも次男は執拗に「自宅を売れ!」と迫ってきました。次男としても、自宅や車、子どもの教育費などの多くのローンを抱え、遺産を頼りにしている部分があったのです。また長女としても、あわよくば、という思いがあったようです。「自宅を売りたい」次男と長女、そして「自宅を売りたくない」長男との争いは、まだ決着していないといいます。

 

「自宅を売りたくない」
「自宅を売りたくない」

相続税額が大きく変わる「小規模宅地等の特例」

土地の評価には路線価を使い、この路線価方式による土地の時価には、大きく3つあります。ひとつは相続税を計算するときに採用され「相続税評価額」、そして固定資産税を計算するときに採用される「固定資産税評価額」、さらに実際に売買契約が成立する本当の意味での時価(=まったくの他人同士で売買契約が成立する金額)です。

 

これは、まったくの他人同士というのがポイントなのです。これがもし親子の間だったり恋人の間だったりすれば、どちらかが気持ちを譲歩することも考えられますよね。そういってできた取引金額は時価とは呼ばないのです。「あなた、これが赤の他人だったとしても同じ金額で売っていますか?」と質問されたときに堂々と、「はい、そうです」と言えないと、時価と認めてもらうことはできないのです。

 

実はこの3種類の時価には、高いものと安いものがあります。一番高いのは、実際の時価です。二番目に高いのは相続税評価額、最も低くなるのは、固定資産税評価額なのです。どのくらい変わるかというと、たとえば実際の時価が100だとすると、相続税評価額は80、固定資産税評価額は70になります。

 

また事例のように、亡くなった人が自宅として使用していた自宅を同居するAさんが相続するのであれば、「小規模宅地等の特例」を活用できます。この特例をひと言で説明すると、「亡くなった人が自宅として使用していた土地については、8割引きの金額で相続していいですよ」という特例です。

 

この特例が使える土地の面積は330㎡(=約100坪)で、それを超えた部分は通常の評価額となります。また使えるのは、配偶者か、同居親族か、亡くなった方と別居していて、かつ、3年以上自分の持家に住んでいない親族だけです。

 

この特例を使うことができれば、実際にかかる相続税の額は想像以上に低くなる可能性があります。そうなると、ますます次男や長女が抱えている不公平感は、さらに強まるかもしれません。

 

相続において、不動産は分けにくく争点になりやすい傾向にあります。遺す側は遺言書をもって、きちんと遺志を伝えることをおすすめします。

 

 

【動画/筆者が「小規模宅地等の特例」について分かりやすく解説】

 

橘慶太
円満相続税理士法人

 

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