1. はじめに
※本ニューズレターは、東京株式懇話会への寄稿文を一部修正して掲載しております。
※本記事は、2020年3月21日までに入手した情報に基づいて執筆しております。
新型コロナウイルスの感染拡大防止の観点から、2020年2月25日に政府が決定した「新型コロナウイルス感染症対策の基本方針」※1では、地域や企業に対して、イベント等を主催する際には、感染拡大防止の観点から、感染の広がり、会場の状況等を踏まえ、開催の必要性を改めて検討することが要請され、同月26日及び3月10日には、改めて政府から、多数人が集まるような全国的なスポーツ、文化イベント等について、大規模な感染リスクがあることを勘案し、中止、延期又は規模縮小等の対応をとることが要請されました※2。その後も、引き続き大規模なイベント等については、慎重な対応をとることが求められています※3。
他方、会社法上、株式会社は毎事業年度の終了後一定の時期に定時株主総会を招集することが求められており(会社法296条1項)、役員の選任や事業報告等を行う必要があります※4。そのため、政府・自治体から、株主総会の開催延期等の指示・要請が出されていない現在の状況下では、総会担当者としては、株主総会を開催することを前提に準備を進める必要があります。
※1. 「新型コロナウイルス感染症対策の基本方針」(https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000599698.pdf)。
※2. 新型コロナウイルス感染症対策本部(第14回)(https://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/actions/202002/26corona.html)、新型コロナウイルス感染症対策本部(第19回)(https://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/actions/202003/10corona.html)。
※3. 新型コロナウイルス感染症対策専門家会議「新型コロナウイルス感染症対策の状況分析・提言」(2020年3月19日)(https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000610566.pdf)、新型コロナウイルス感染症対策本部(第21回)(https://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/actions/202003/20corona.html)参照。
※4. 定時株主総会の開催時期は、会社法上は、必ずしも事業年度の末日から3ヵ月以内である必要はありませんが、大多数の会社では定時株主総会の議決権行使のための基準日を事業年度末日としており、また定款で定時株主総会の開催時期を明記している会社もあることから、原則として事業年度の末日から3ヵ月以内の開催を前提に考えることになると思われます。なお、定時株主総会の開催日時の変更について後記6参照。
2. 来場者数の抑制
新型コロナウイルスについて、現在、感染を拡大させるリスクが高いのは、対面で人と人との距離が近い接触(互いに手を伸ばしたら届く距離)が、会話などで一定時間以上続き、多くの人々との間で交わされる環境であると考えられており※5※6、また、これまで集団感染(クラスター)が確認された場所に共通するのは、①換気の悪い密閉空間、②人が密集していた、③近距離での会話や発声が行われたという3つの条件が同時に重なった場であると報告されています※7。そこで、患者・感染者との接触を減らす観点から、いくつかの対応方法が考えられます。
まず、招集通知に詳しい書面投票や電子投票の説明を載せたり、自社ウェブサイトの株主総会のページに説明を掲載することで、株主総会当日に会場に来場するのではなく、事前の議決権行使(書面投票、電子投票。会社法298条1項3号・4号)を行うことを促すことが考えられます※8。
また、実務上、会社のウェブサイト等に、①株主は健康状態に留意し無理をしないこと、高齢者や基礎疾患がある株主、妊娠している株主には、株主総会への出席を見合わせることについて検討することを呼びかける例や、②今年度はお土産を廃止する旨を公表する例も見られます。
更に、対応が可能な場合には、インターネット等を利用したハイブリッド型バーチャル株主総会の活用も検討することが考えられます。経済産業省「ハイブリッド型バーチャル株主総会の実施ガイド」(2020年2月26日)※9では、インターネット等の手段を用いて審議等を確認・傍聴することが可能な参加型と、インターネット等の手段を用いて、株主総会に会社法上の「出席」をすることができる出席型のそれぞれについて、法的・実務的論点及び具体的取扱いが解説されています。インターネットを用いて会場に来なかった株主に対する情報開示の充実を図るという観点からは、自社ホームページなどで、質疑応答の要旨を掲載する、オンデマンド方式での動画配信を行う等の取り組みを行うことも考えられます。
※5. 新型コロナウイルス感染症対策専門家会議「新型コロナウイルス感染症対策の基本方針の具体化に向けた見解」(2020年2月24日)(https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000599431.pdf)、厚生労働省「新型コロナウイルスに関するQ&A(一般の方向け)」(令和2年3月19日時点版)問16(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/dengue_fever_qa_00001.html)。
※6. そのため、株主総会後の株主懇親会は企業にとっても個人株主との対話の機会の一つではありますが、株主総会と異なり、法令上開催が必要とされるものでもないことから、不開催を検討すべきと考えられます。前掲注3・新型コロナウイルス感染症対策専門家会議「新型コロナウイルス感染症対策の状況分析・提言」でも、イベントそのものがリスクの低い場で行われたとしても、イベントの前後で人々が交流する機会を制限できない場合には、急速な感染拡大のリスクを高めることが指摘されています。
※7. 新型コロナウイルス感染症対策専門家会議「新型コロナウイルス感染症対策の見解」(2020年3月9日)(https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000606000.pdf)。
※8. 現在の状況を踏まえると、「株主の皆様におかれては来場の要否につきご一考ください」というだけにとどまらず、「できる限り議決権行使書又は電子投票をご活用ください」と強い推奨をすることも検討すべきと思われます。
※9. 「ハイブリッド型バーチャル株主総会の実施ガイド」(https://www.meti.go.jp/press/2019/02/20200226001/20200226001.html)。
3. 会場での実務対応
会場での感染を防止するための措置としては、①スタッフがマスクを着用する、②株主にもマスク着用を呼びかける、③会場入り口付近など複数箇所に消毒液を設置し、株主にも消毒液の噴霧について協力を求める、④①~③により受付付近の混雑が見込まれるため、来場時間の分散(早めの来場)を呼びかける、⑤受付において出席株主の体調確認や検温を行う、⑥体調不良が窺われる株主には、入場を控えるよう要請する、⑦間隔をあけた座席配置とする、といった対応が考えられます。
新型コロナウイルスの感染拡大防止が社会的な問題となっている今日においては、検温等で発熱が確認される、頻繁に咳き込むなど顕著な症状が見られる株主に、当該株主が実際に新型コロナウイルスに感染しているかどうかを確認しなくとも、他の株主へ感染防止や、他の株主が感染の恐怖を感じず平穏に議事に参加できるようにする観点から、入場を控えるよう要請し、要請に応じない場合は入場を拒み、又は退場を命じることも、議長の秩序維持権限(会社法315条)の行使として認められると考えられます※10。但し、この場合、退場を命じる前に、要請に従わなければ退場させる旨の警告を発しておくことが無難であると考えられます※11。
また、近年株主総会の開催時間が長時間化する傾向も見られますが、例年より円滑な議事進行となるよう検討することも重要でしょう。
※10. 別室(別会場)又は一定区画に着席するよう求めることで、他の株主から隔離した上で株主総会に参加させることが可能かどうかについても検討を要します。ただ、感染防止や他の株主の平穏な議事への参加確保の観点からは必ずしも十分な対応ではなく、場所の確保も困難な場合がありますので、そのようにする義務まではないと思われます。
※11. 大阪株式懇談会編『会社法実務問答集Ⅰ(上)』227-229頁[前田雅弘]参照。
4. 想定問答、事業報告等への反映
想定問答や進行要領について見返し、新型コロナウイルス対応の観点から不足がないか確認することも重要です。新型コロナウイルスが事業や業績に影響したか、今後の見込みや、感染症対策等について質問がなされることが想定されるため、回答を準備しておく必要があります※12。なお、この場合に、インサイダー取引規制上の重要事実や、フェア・ディスクロージャー・ルールにおける重要情報について不用意に伝達しないようにすべきことは、通常の想定問答と同様です。新型コロナウイルス感染症が上場会社の業績等に与える影響については、内外の株主・投資家から関心が寄せられるところであり、取引所からは、新型コロナウイルス感染症の拡大が事業活動・経営成績に与える影響に関して、適時・適切な開示が要請されています※13。株主総会当日までにどのような情報が開示済みであるか確認することも重要です。
また、議長や担当取締役が株主総会直前に新型コロナウイルスに感染して株主総会に出席できなくなる場合に備え、議長を務める役員の順番や、担当取締役が欠席した場合に代替して株主からの質問に回答すべき者(回答者は、必ずしも取締役や監査役である必要はなく、補助者として執行役員や従業員から回答することでも構いません)を決めておくことが有用です。
さらに、これから事業報告を作成する企業においては、当該事業年度における事業の経過及びその成果や、対処すべき課題等に反映が必要になると考えられます。
※12. もっとも、新型コロナウイルス感染症の影響は、直接的・間接的なものを含め様々であり、影響の大きさやその継続性についてはまだ不明な点も多いため、現在受けている影響の概要とそれに対する対応策を概括的に説明するにとどめたほうがよい場合も多いと思われます。
※13. 東京証券取引所「新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえた対応方針について」(https://www.jpx.co.jp/news/1020/20200318-01.html)参照。
5. 決算及び監査への影響
新型コロナウイルス感染症の影響で、海外子会社の監査業務ができないなど、監査手続にも影響が生じることが想定されます。計算書類、事業報告、監査報告、会計監査報告は、定時株主総会の招集通知を発するにあたり株主に提供する必要があるため(会社法437条)、予定していた監査日程通りに監査ができない場合に、いかなる対応をとることができるか、会計監査人とも協議し検討することが必要になります。
決算手続が完了しない場合、有価証券報告書の提出や決算短信の開示も困難になります。この点、有価証券報告書は事業年度経過後3ヵ月以内、四半期報告書は四半期会計期間経過後45日以内に提出しなければならないのが原則ですが(金融商品取引法24条1項、24条の4の7第1項)、これらの金融商品取引法に基づく開示書類について、新型コロナウイルス感染症の影響に伴い、中国子会社への監査業務が継続できないなど、やむを得ない理由により期限までに提出できない場合は、財務(支)局長の承認により提出期限を延長することが認められている旨のお知らせが、金融庁より出されています※14。
また、各金融商品取引所からも、新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえた適時開示実務上の取扱いについてお知らせが出されており※15、新型コロナウイルス感染症の影響により有価証券報告書又は四半期報告書の提出期限の延長申請を行うことを決定した場合には、その旨の適時開示が必要になることの注意喚起がされています。
決算短信の提出に関しても、上場会社は、決算の内容が定まったときに、直ちにその内容を開示する必要がありますが、とりわけ、事業年度又は連結会計年度に係る決算については、遅くとも決算期末後45日(45日目が休日である場合は、翌営業日)以内に開示を行うことが適当であるとされています※16。この点について、取引所からは、①今般の新型コロナウイルス感染症の影響により決算手続等に遅延が生じ、速やかに決算内容等を確定することが困難となった場合には、「事業年度の末日から45日以内」などの時期にとらわれず、確定次第開示することで差し支えないとし、一方で、②大幅に決算内容等の確定時期が遅れることが見込まれる場合には、その旨(及び確定時期の見込みがある場合には、その時期)の適時開示を検討することも要請されています※17。
※14. 金融庁「新型コロナウイルス感染症に関連する有価証券報告書等の提出期限について」(https://www.fsa.go.jp/news/r1/sonota/20200210.html)。
※15. 東京証券取引所「新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえた適時開示実務上の取扱い」(https://www.jpx.co.jp/news/1023/20200210-01.html)。なお、延長申請の承認を受けたとき、受けられなかったときのいずれも、別途適時開示が必要です(東京証券取引所「有価証券上場規程」402条2号uの2)。
※16. 東京証券取引所「有価証券上場規程」404条、東京証券取引所「決算短信・四半期決算短信作成要領等」(2018年8月)4頁。
※17. 前掲注15参照。
6. 開催日時の変更
今後新型コロナウイルスの感染拡大が止まらず、予定の日時に株主総会を開催することができない場合には、招集の撤回や開催日時の変更、基準日の再設定を検討することになります。新たな開催日の目途が立っていない場合には、招集手続を撤回し、目途が立った段階で招集手続をやり直すことになります。
招集の撤回は、招集手続に準じ、取締役会で決議した上で、株主に書面をもって通知すべきであり、当初の開催日より前に当該通知が株主に到達する必要があると考えられていますが、時間的余裕がない場合でも、ウェブサイト上の告知等により可能な限り株主への周知を図るべきであると考えられます。変更後の日程が決まっている場合には、開催日時を変更することになります。開催日時の変更も、取締役会決議を経て、変更後の開催日の2週間前までに株主に通知を発送し、変更前の開催日の前までに通知が到達していることが原則的な方法と考えられます。
定款で株主総会の開催時期を定めている企業も多く見られますが、新型コロナウイルス感染症の影響により当初予定した時期に株主総会を開催できない場合における、定時株主総会の開催については、法務省から解釈が示されています※18。すなわち、①定時株主総会の開催時期に関する定款の定めがある場合でも、通常、天災その他の事由によりその時期に定時株主総会を開催することができない状況が生じたときまで、その時期に定時株主総会を開催することを要求する趣旨ではないと考えられ、今般の新型コロナウイルス感染症に関連し、定款で定めた時期に定時株主総会を開催することができない状況が生じた場合には、その状況が解消された後合理的な期間内に定時株主総会を開催すれば足りるものと考えられるとされています。
また、②会社法上、基準日株主が行使することができる権利は、当該基準日から3ヵ月以内に行使するものに限られるため(会社法124条2項)、今般の新型コロナウイルス感染症に関連し、定款で定められた定時株主総会の議決権行使の基準日から3ヵ月以内に定時株主総会を開催できない状況が生じたときは、会社は、新たに議決権行使のための基準日を定め、当該基準日の2週間前までに当該基準日及び基準日株主が行使することができる権利の内容を公告する必要があること(会社法124条3項本文)、③特定の日を剰余金の配当の基準日とする定款の定めがある場合でも、今般の新型コロナウイルス感染症に関連し、その特定の日を基準日として剰余金の配当をすることができない状況が生じたときは、定款で定めた剰余金の配当の基準日に株主に対する配当はせず、その特定の日と異なる日を剰余金の配当の基準日と定め、剰余金の配当をすることもできるが、剰余金の配当の基準日を改めて定める場合には、当該基準日の2週間前までに公告する必要があること(会社法124条3項本文)についても明確にされています。
他方、取締役会に剰余金配当の権限を授権している会社では、取締役会で剰余金の配当を決議し、定款所定の基準日株主に剰余金を配当することも考えられます。
なお、株主総会開催日の変更の方法としては、株主総会決議に基づく延期、続行(会社法317条)もあります。「延期」は、総会成立後、議事に入らず会日を後日に変更する場合で、「続行」は、議事に入った後、審議未了のまま総会を後日に継続して行う場合を指します。延期・続行は株主総会の決議に基づかなければならず、議長の権限で延期・続行を宣言することはできません。当初の株主総会と後日行われる継続会・延会とは同一性を有し、改めて招集手続や基準日の設定を行う必要はありませんが、同一性があるというためには、継続会が相当の期間内に開かれていることを要し、最初の開催日から2週間以内に開催されなければならないと解されています。
※18. 法務省「定時株主総会の開催について」(http://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00021.html)。
7. おわりに
以上述べたように、今年の株主総会は例年とは異なる対応が求められます。総会担当者としては、今後の政府・自治体からの発信内容も踏まえて、正確な情報に基づき冷静な対応をとることを心掛ける必要があります。
森田 多恵子
西村あさひ法律事務所 パートナー弁護士
ニューヨーク州弁護士