「ハブラシのヒット」「444億円分の保険」共通点は
2017年にライオンの「クリニカキッズハブラシ」がヒットしました。今までの子供用の歯ブラシは、キャラクターがついているものが主流でした。子供のキャラクター好きを利用した、押しつけ型の北風ビジネス(手を変え品を変え、消費者に自分たちの価値観を押しつけ利益を上げようとしているビジネス)といえるかもしれません。
ライオンが着目したのは、事故防止でした。子供が歯ブラシをくわえたまま走り回り、転倒して大けがをしたという話は昔からよく聞きます。それを防ぐため、柄(え)の部分が横にぐにゃりと曲がる仕組みにしたのです。
それまでも事故を防止する歯ブラシはありましたが、安全具がついていて喉の奥まで入らないようになっている仕組みなので、あまり普及しませんでした。歯が磨きづらく、値段が高額だったという理由もあるそうです。これに対して、クリニカキッズは200円前後です。
ライオンの商品は柄を曲げるという方法で問題を解決し、安心・安全を提供しています。これは相手の立場に立って考えた好例でしょう。子供の安全や健康を第一に考える親御さんは、「こんなのが欲しかった」と自然に手に取ります。
どんなビジネスであっても、相手の立場に立って考えるというのは同じ。接客業なら、常にお客様ファーストで考えてサービスを提供していれば、信頼関係ができて自然と支持されていくでしょう。
◆「444億円」もの保険を売ったセールスレディーの心構え
第一生命保険には、40年連続でセールス日本一を達成し、2回ギネスブックにも載った有名な親子がいます。母親の柴田和子さんは年間で444億円もの保険を売ったこともあるそうです。長女の知栄さんは母の後を継いで日本一になり、次女の佳栄さんも連続して全国2位になるなど、日本一すごいセールスレディ一家です。
なぜそこまで売れるのかというと、常に「この人のためを誰よりも考える」ことをモットーとしているからだとか。自社より他社の商品がニーズに合っている場合は、自社の保険をお客様に勧めないケースもあるといいます。
さらに、契約した人が病気になったときは手を尽くして名医を紹介するほど、お客様ファーストで考えているのです。お客様ファーストになるには、利益を超えた人間関係をつくることが大切です。
業界2強、自然と棲み分けができていた?
何かのゲームで対戦相手に勝とうとするとき、相手の調査をして分析し、弱点を見つけて戦うのは常道です。ビジネスでも、競合他社について徹底的にリサーチせよ、差別化を図れとよく言われます。
しかし、実のところ丸亀製麺は他社をそれほど意識していません。社会や業界全体の動向については把握していますが、他社の動きを読んで先手を打つとか、他社より好条件の立地を狙うといったことはほとんどしていません。理由は、他社に勝つことを目標にしていないからです。
業界2強の相手、はなまるうどんさんとは競合していても、最初から自然と棲(す)み分けができていました。
はなまるうどんさんで提供されているうどんの生地はセントラルキッチンでつくられているので、キッチンが狭くても営業できます。店舗スペースが狭くても店をつくれるので、駅前や繁華街などの家賃が高いところにも出店できるという強みがあります。
丸亀製麺は製麺機を置く分、どうしてもスペースが必要なので、家賃が高いエリアにはなかなか出店できません。そこで、駅から離れた郊外のロードサイドやショッピングモールのフードコートといった場所に店を構えることになります。
そのため、「はなまるうどんはよく見るけど、丸亀はあまり見かけない」とお客様に言われたこともあるぐらいです。そういった事情があり、出店エリアがかぶることはそれほどありません。
ただし、丸亀製麺はセントラルキッチンを持たない分、ピンポイントで出店できるのが強みです。セントラルキッチンがあると、そこから配送できるエリアが限られてしまいます。47都道府県すべてにセントラルキッチンをつくるわけにはいきませんし、遠い場所まで運ぼうとすると配送コストがかかるので、自由に出店できなくなります。
丸亀製麺が47都道府県に出店できたのは、セントラルキッチンを持っていないから。製麺機を必須にした結果、全国どこにでも出店できるという効果を生んだのです。
ビジネス「奇をてらった」ところで長続きはしない
棲み分けができていなくても、激戦区を競争しないで勝ち抜くにはどうすればいいのでしょうか。
新たな需要を見つけるには、マーケティング調査をして、世の中が今求めているものは何かを分析する方法があります。しかし、粟田社長は「どこの会社も同じような調査をしているから、結果として他社と同じ路線を歩んでしまう」と考えています。業界においての後発は、他社がやっていないことをしないと差別化できません。とはいえ、奇をてらったことをすれば長続きしません。
丸亀製麺は「他社が面倒だと思ってやらないこと」「他社が捨てた方法」を拾い上げて実践しています。トリドールが手掛けているとんかつ専門店「豚屋とん一(いち)」では、お客様の目の前で、豚の塊肉から1枚ずつ切り出しています。二度揚げもしていますし、そういった面倒なことをあえて実践しているから、お客様にも支持をいただいているのでしょう。
面倒なことをすると現場のパートナーさんたちの負担はかかりますが、負荷がかからない単純作業を続けていたら楽であっても面白くありません。やはり、常にハードルを高くしてチャレンジし続ける環境をつくるほうが、やりがいも増すと思います。
また、後発だからこそ競合他社がやっていないことをやり、独自の道を切り拓いていくことができます。
トリドールが運営しているコナズ珈琲の場合、コメダ珈琲さんが競合になります。コメダ珈琲さんはフードメニューが充実しているので、スターバックスさんやドトールさんとは競争せずに店舗を全国規模に展開できたのでしょう。
コナズ珈琲はさらに手間をかけ、手づくりにこだわりました。そこに競争優位性を見いだし新たな市場を開拓することができたのです。すでにある市場での勝負の仕方を考えるより、新たな市場をつくりだす。そうすれば値下げ競争に巻き込まれることもなく、独自の道を進んでいけると思います。
どんなビジネスでも「お客様は来ないのが当たり前」
この商品は売れるに違いない、この店は流行るに違いない。どんなビジネスでも、そんな想いからスタートするはずです。しかし、粟田社長は「お客様は来ないもの」とよく言っています。来ないお客様をいかに来させるか、売れないものをいかに売るか。それが今のビジネスの命題です。
今はライフスタイルが多様化して、商品やサービスの選択肢が多い時代です。うどん屋もそば屋もラーメン屋も多々あり、高級なお店も激安のお店もあります。乾麺やインスタントのうどんの質もグンとよくなりました。そんな中で丸亀製麺に行きたいと思ってもらうには、丸亀製麺でないとダメだと思わせる力が必要です。
「お客様は来るもの」なのか、「お客様は来ないもの」なのか、どちらの認識からスタートするかによって、ビジネスの在り方はまったく変わってきます。
たとえば、レジでの行列を解消するために、お客様が自分でバーコードを読み込むセルフレジを設置しているスーパーが増えました。確かに、お客様にとっても並ぶストレスがなくなり、便利なような気がします。
しかし、セルフレジの使い方がわからずに戸惑っている方も大勢います。お店によってシステムが違いますし、慣れるまでが大変なので、結局そこだけガラガラになっているお店も少なくないようです。これは「お客様は来るもの」という発想に立っていたのではないでしょうか。
本当は、お客様もお店が人件費をカットするためにセルフレジを導入していることに気づいています。そのためにお客様が不便を強いられるのは、北風ビジネスになっているように感じます。「お客様は来ない」という前提だと、「来ていただくためにはどうすればいいか」を考えなくてはなりません。
景気が悪くても業況が悪くてもできることはある
千葉県にあるベイシア佐倉店という巨大スーパーには、休日になると1日6000人を超えるお客様が来店されるそうです。長蛇の列ができてしまうのでセルフレジを導入したところ、目覚ましい改善は見られなかったといいます。
そこで、イギリスのシステム開発会社の製品を導入しました。そのシステムでは、店の入り口のセンサーで来店者数をカウントし、さらにレジで待っているお客様もセンサーでカウントし、平均買い上げ時間などのデータから、15分後、30分後にレジが何台必要なのかを割り出します。そのデータをもとに混雑する前からレジを開けて対応するようになってから、行列は劇的に解消されるようになったそうです。
行列を減らすために逆にレジの人を増やして、会計をしながらお客様とちょっとした雑談をできるような環境にする。そのほうが、お客様は「また来よう」と思うのではないでしょうか。
もし、このスーパーで「うちのお店はお客様が多いんだから、混雑するのは当たり前」と考えていたなら、こういったシステムは導入しなかったでしょう。その結果、お客様は徐々に離れていってしまったかもしれません。
このスーパーではお客様が何に対して不満を感じているのかアンケートをとっていたようですし、「お客様に来ていただくにはどうすればいいか」を追及していたからきちんと対応できたのではないかと思います。「お客様は来ないもの」という考え方は、慢心を戒めるだけではなく、「だから何をするか」という次の手を考えるきっかけになります。
景気が悪い、業界全体の売上が落ちている、日本は少子高齢化が進んでいる。このように、売れない、お客様が来ない理由はいくらでも考えられます。しかし、そこで思考を止めずに、こういう時代だからこそ何をすればいいのかに、目を向けることが大事なのではないでしょうか。
丸亀製麺の場合、「だから非効率でも本物を提供したい」という次の手になりました。現状に満足せずに考え続ければ、勝ち負けではなく、みんなを幸せにする方法がきっと見つけられると思います。
小野 正誉
株式会社トリドールホールディングス 経営企画室 社長秘書兼IR担当