焼き鳥屋が「丸亀製麺」と変貌を遂げたキッカケ
焼き鳥屋をファミリー向けにシフトチェンジしたころ、粟田社長は次の一手を考えていました。このとき目をつけたのが讃岐うどん。焼き鳥とはまったく別ジャンルです。
粟田社長の父親が香川県の出身で、子供のころに実家に遊びに行って食べた製麺所の味が忘れられず、「この味や風情感を表現できたら」と考えていました。
香川県を訪れたことがある方はご存知だと思いますが、うどんを食べられる製麺所は客席がなかったり、あっても数がわずかの小さい店だったりします。家族で経営しているようなアットホームな雰囲気で、お客様が自分でネギを庭から取ってきたりしています。値段は一杯100~200円と格安。お客様が自分で天ぷらをお皿に取り、出汁をかけるセルフ式です。
気取らずに、気軽に立ち寄って食べられる店の雰囲気にも和(なご)みますが、何より打ちたて、茹でたての麺のおいしさは一度味わったら病み付きになります。その讃岐うどんの製麺所の感動を再現しようと、粟田社長は思い立ったのです。
そこで、2000年11月に丸亀製麺加古川店を開店しました。とはいえ、実験的に立ち上げたので、経営の中心は焼き鳥店でした。
さらなる事業拡大のために資金調達をしようという話に発展していました。ところが、マザーズ市場への株式上場に向けて準備をしていた2004年。鳥インフルエンザが日本に上陸しました。
鳥インフルエンザが見つかった農家では大量の鶏を処分しているニュースがテレビで流され、「鶏は安全ではない」と思われるようになったのです。当然、トリドールも大打撃を受け、株式上場をいったん白紙に戻すしかなくなりました。
そんな大ピンチを救ったのが、丸亀製麺でした。
トリドールとしては丸亀製麺に軸足を移し、出店ペースを早めていったのです。そこからの快進撃は、すさまじいものがありました。もちろん、すべてが順調にいったわけではありません。さまざまな問題や困難を乗り越え、丸亀製麺独自のノウハウをつくりあげていきました。しかし、それらが成功したのは、あくまでも勝ち負けや効率よりも大切なものがあるという経営理念があったからです。
急成長の結果…「店舗の増えすぎ」で売上が減った
人生に浮き沈みがあるように、丸亀製麺の歩みも山あり谷ありでした。
当初開店した店が次々に繁盛し、勢いに乗り、5年間で600店舗近く出店していました。ところが、そのまま国内で1000店舗を達成するかと思いきや、ガクンと売上が落ちていきました。それは、高速出店していく中で、同じエリアに複数の店舗ができてしまったからです。
同じ地域で2店舗あるぐらいなら、それほど影響はありません。むしろ、1店舗目で行列ができて諦めていたお客様に、もう一つのお店に足を運んでいただけるというメリットがあります。しかし、3店舗目、4店舗目ができるとお客様が分散するだけで、元々あった2店の売上が落ちてしまいます。
その結果、既存店の売上が2013年3月期は前年比対94.3%、翌年は同96.8%と100%を下回るようになり、2年半ぐらい厳しい状況が続きました(オープン後18カ月経過した国内の店舗が対象)。それはつまり、1000万円売っていたお店だったら、売上が950万円程度になるということです。
「それぐらいなら、たいしたことはないだろう」と感じるかもしれませんが、当時は既存店が8割ぐらいを占めていました。仮に600店すべてで月に50万円売上がダウンしたら、トータルで3億円の損失です。相当なダメージになることがおわかりいただけると思います。その結果、2014年3月期の業績は、減益になってしまいました。
減益に陥ったのは、鳥インフルエンザの影響で売上が激減したときと東日本大震災があったとき以来です。右肩上がりで成長していた企業にもかげりがあるときはあります。何も手を打たなければ、利益も売上もじりじりと落ちていくのは目に見えています。
一品で590円「高額な肉盛りうどん」で起死回生
既存店の売上低下という危機を救ったのが、2014年8月に発売した「肉盛りうどん」です。一品で590円(並)もする、丸亀製麺では高額のメニューです。なにしろ、一品で客単価を上回っているのですから。
このメニューを出すのは、丸亀製麺にとって大きな賭けでした。
肉盛りうどんといっても、牛丼のようにうどんの上に肉を載せているわけではありません。最初は、うどんの上に煮込んだ牛肉を載せるメニューが考案されたのですが、それだと当たり前すぎて面白くない。しかも、牛肉が出汁(だし)に沈んでしまって、見た目もイマイチでした。
「ダイナミックなことをしないと意味がない」と考え、牛肉はうどんとは別のお皿に盛って提供することにしました。それも、本当に「盛る」というぐらい、たっぷりのボリュームで盛りつけないとインパクトがないので、牛丼屋の特盛ぐらいの肉を添えることにしました。そのメニューを出すとしたら、コスト的にどうしても590円がギリギリの値段だったのです。
このときは北米産の牛肉を使用し、玉ネギと一緒に甘辛く煮込みました。うどんの隣の鍋でグツグツ煮込み、いい香りが店中に漂い、お客様の食欲をそそったようです。
最初は実験店舗で出したところ、大好評。そこで、タレントの武井壮さんを起用したテレビCMを打ち、全国の店舗で売り出したところ空前の大ヒットとなりました。
実は、テレビCMを打ったのは、このときが初めてです。かなりの広告費を投入しましたが、結果は、2014年8月の既存店前年対比115%となりました。それ以降、弾みがつき、既存店前年対比の売上100%を上回る状況が40カ月以上も続いています(原稿執筆時点)。
店舗を増やすことで、1店舗あたりの売上が減ってしまう。これはチェーン店としては、ある意味宿命なのかもしれません。どのチェーン店も企業の規模を大きくするために、同じ地域内で2店舗、3店舗と出店することになります。同じ県内でも離れた地域に出店すれば影響はないのでしょうが、お客様が集まる地域は限られているので、どこにでも出せるというわけではありません。
丸亀製麺同士でお客様を奪い合うのを避けるためには、途中で出店を止めるしかない。しかし現状維持は企業にとって衰退を意味するので、出店するしかありません。どの企業も、そのせめぎあいではないでしょうか。
丸亀製麺はそれ以上の自社競合を避けるために、2014年ごろから出店ペースを落としました。既存店の売上が落ちた分を新規出店で補おうとするのは、何の解決策にもなりません。既存店の売上を回復しないことには、新たなお店を出しても意味はない。そう考えて、我々は打開策を考えました。
普通ならメニューの価格を下げたりメニューを増やしたりして、新規客を増やす方法を考えるかもしれません。しかし、一度価格を下げたら上げるのは難しいですし、他店がそれに合わせたらさらに値下げをするしかなくなり、完全に競争に巻き込まれてしまいます。コストをかけると原価率も高くなり、利益を圧迫する可能性もでてきます。
そこで、丸亀製麺が選んだのは「脱競争」です。原価をしっかりかけ、高単価でかつ高付加価値のメニューを出して集客を図ることにしたのです。
「丸亀製麺にしては高い」をあえて出品した理由
元々、丸亀製麺のお客様はうどんを単品ではなく、天ぷらやおむすびなどのサイドメニューと一緒に頼むので、客単価は520円程度でした。
これまでも季節ごとに投入するフェアメニューはありましたが、400円前後で提供していましたので、一品で客単価を上回るメニューを出すのは「あり得ない」ことです。しかし、このインパクトのある肉盛りうどんを出して巻き返しを図りたい。その想いが勝って、今までにないチャレンジに踏み切りました。つまり攻めに出たのです。
結果的には、味とボリュームで、お客様にご満足いただくことができ、競争しないで勝つことができました。
通常のメニューと変わらない価格にしていたら、インパクトのない貧弱な商品になり、売上も劇的に回復しなかったでしょう。今までならあり得ない、常識破りの発想をしたから成功したのです。お店としても、売上が好調になると活気が出て、丸亀製麺らしさを取り戻せました。
それ以降も、フェアメニューはずっと高単価の設定にし、ボリュームとインパクトのある高付加価値商品を投入しています。「丸亀製麺にしては高い」と思われるお客様もいらっしゃるかもしれませんが、人気のあるフェアメニューは、5人に1人の方が注文されるほど好評をいただいています。
業界内での競争に勝つには、店舗数を増やしたり、全品値下げや値上げをしたりするのが一般的です。しかし、その方法では際限なく競争し続けないといけないので、いずれ自社も他社も疲弊してしまいます。それよりも、自分の会社の底力をつけるのが先決です。
景気や業界内の競争などに左右されない自分たちなりの勝ちパターンを見つけられれば、競争しないでも生き残っていけるのではないでしょうか。
小野 正誉
株式会社トリドールホールディングス 経営企画室 社長秘書兼IR担当