黒板、紙の教科書、ランドセル…ずっと続いてきた日本の教育風景が、変わりつつあります。教育(エデュケーション)分野に、IT技術(テクノロジー)を活用しようという取り組みを示す概念、「エドテック」。デジタル教科書、タブレット端末の導入によって、教育現場はどのように変容していくのでしょうか。本連載は、難関資格受験予備校フォーサイトの代表取締役・山田浩司氏の著書『EdTech エドテック』(幻冬舎MC)より一部を抜粋し、解説します。

東大生の親…世帯年収950万円以上が54.8パーセント

◆経済格差と教育格差

 

東大生の親の年収が、一般の同世代の親の年収よりも著しく高いことがしばしば話題になります。

 

教育社会学者の舞田敏彦氏の調査によれば、東大生の親の世帯年収は54.8パーセントが年収950万円以上である一方、その親と同世代の世帯年収で年収950万円以上は22.0パーセントにすぎないことが判明しています(2014年度)。

 

『東京大学学生生活実態調査』(2014年度)、厚生労働省『国民生活基礎調査』(2014年)より山田浩司氏作成。 出典:舞田敏彦「『東大生の親』は我が子だけに富を“密輸”する」(プレジデント・オンライン)
[図表]東大生の家庭の年収分布 『東京大学学生生活実態調査』(2014年度)、厚生労働省『国民生活基礎調査』(2014年)より舞田敏彦氏作成。
出典:舞田敏彦「『東大生の親』は我が子だけに富を“密輸”する」(プレジデント・オンライン)

 

この差は、学費の高いアメリカの私立大学ではいっそう顕著になります。ハーバード大学の学生の親の世帯年収は、52パーセントが年収12.5万ドル(約1,300万円)以上となっています。

 

つまり、経済格差がそのまま教育格差につながり、本来は東大に入学できるような優秀な頭脳を持っていても、十分な教育を受けられる環境になかったために、あるいは大学進学という選択肢が視野にあまり入らなかったために、埋もれている子どもをつくっている可能性があるのです。

 

無料の受験動画を配信するNPOマナビーを創設した花房孟胤さんは、地方から東大に進学してわかったこととして、次のように教育格差について述べています。

 

「東京で裕福な家庭に生まれたお嬢様は、私立の中高一貫校に進学して、塾に通って夜は家庭教師も二人ついて、夏にはE判定でも第一志望に合格する。一方、九州の公立高校で学校ではトップクラスの成績の男子は、大学受験直前になって初めて自分の行きたい大学に古文があることに気づいて現役入試では落ちてしまう」(『EdTech JAPAN Pitch Festival vol.3』)

 

社会学者の阿部幸大さんも「『底辺校』出身の田舎者が、東大に入って絶望した理由」(現代ビジネス)で、教育や文化に触れることのできない「田舎者」が、大学進学という選択肢さえ与えられないことを、深刻な地域格差であり文化資本の格差として問題にしています。塾や予備校が近場にないと、情報格差だけで受験競争に負けてしまうのです。

 

このような教育格差、経済格差、地域格差、情報格差は、エドテックによって解消できます。エドテックがあれば、どこに住んでいようが、都会の塾や予備校の講義を受けることができますし、オンラインで得られる情報には地域格差がありません。

 

また、リアルタイムの教師という高額な人件費を要する環境を必要としないエドテックでの教育は、従来の教育に比べて低廉で、教育における経済格差の解消に役立ちます。エドテックが十分に普及した近い将来には、日本全国どこに住んでいても、本気で進学したい生徒のほとんどは、希望の大学に合格できるようになると私は考えています。

東大の合否は「情報格差」によって決まる

私はこれまでに東大生のアルバイト数百人と面接をしてきて、彼らの話を聞き、また実際に仕事を一緒にして、その能力を観察してきました。その結果、東大に入れるかどうかのいちばん大きな要因は、情報格差ではないかと考えるようになりました。

 

私から見れば、あまり頭が良くないと思えるような子でも、子どものころから塾に通学して勉強ができるようになれば、入試には通ります。塾や予備校では優れた受験テクニックを教えるので、それを使えば本質的な理解ができていなくても、受験では良い点を取ることができます。

 

現在の受験では、受験のための勉強をどれだけしてきたかが最も大切だからです。そして、現在の受験対策でならば、エドテックを使うことで教育格差は十分に解消することができます。

 

スポーツの分野では、データを取って差分を分析し、対策を練って成績向上につなげることが当たり前となっていますが、同じことを学習の分野で行うのがエドテックであり、それが受験というフレームのなかでいえば、実に効果的に機能することがわかってきたからです。

 

もちろん、エドテックはまだまだ発展途上の技術ですし、人間の教師による1対1の懇切丁寧な指導に勝るものではありません。しかし、試験範囲が限られていて、どれだけ効率的に勉強してきたかが問われる受験という面に限れば、エドテックのメリットは無視できないものになっています。

『ドラゴン桜』が世間に知らしめた「教育の真実」

2003年から連載が始まったマンガ『ドラゴン桜』は、底辺私立高校の落ちこぼれの生徒を受験テクニックで東大に合格させるというストーリーで、2005年のテレビドラマ化と講談社漫画賞の受賞、2010年の韓国でのテレビドラマ化などを経て、2018年には続編『ドラゴン桜2』が連載開始されたほどの人気コンテンツです。大学受験をモチーフにしたこの作品は、教育業界に大きな影響を与えました。

 

それは、たとえ東大といえども、大学受験の合否は、頭の良し悪しよりも勉強のやり方のほうが大きな影響を与えるという事実の拡散であり、教育格差を解消することで、誰でも有名大学に進学して人生を変えることができるという、学問の権威の復権です。

 

2015年の映画「ビリギャル」(『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』)のヒットも、「ドラゴン桜」が作った下地がなければ考えられなかったでしょう。

 

思えば、80年代から90年代の、バブル景気前後の文化が爛熟(らんじゅく)した日本では「真面目に勉強するガリ勉はダサい」、「勉強ができなくても生きる術を知っているヤンキーはかっこいい」といった価値観が流布されてきたような気がします。

 

しかしいわゆる途上国では、読み書きができないために給料のいい仕事につけない人が多く存在しますし、高等教育を受けることは経済的に豊かになるためには欠かせない手段として広く認識されています。

 

そんななか、2010年、「バングラデシュ版ドラゴン桜」プロジェクトという言葉がメディアをにぎわせたことがありました。

 

これは何かといえば、早稲田大学教育学部の現役大学生が、わずか19歳でバングラデシュに渡航し、貧困地域の高校生を対象にDVDを使った映像授業を提供して、生徒30人のうち20人を大学に合格させるとともに、バングラデシュの東大である名門の国立ダッカ大学にも合格者を出してしまった快挙を指します。

 

立役者である税所篤快(さいしょあつよし)さんは、もともと足立区の落ちこぼれ高校生でした。著書によれば、当時の偏差値は28で、高校の担任からは三者面談で「偏差値が低すぎる」「学力は中学2年か3年ぐらいのレベル」「2浪しても、受かる大学はほとんどない」と散々けなされたそうです。ところが、税所さんは現役で早稲田大学に合格します。

 

その秘訣は、予備校のDVD授業にありました。高校の授業がまったく理解できなかった税所さんは、予備校でDVD授業を、高校1年生のレベルから、理解できるまで繰り返し見ることで、わずか1年でどんどん成績を上げていったのです。

バングラデシュ、「農村部でDVD授業」の驚きの効果

見事、大学に合格した税所さんにはもう一つの目標がありました。それは、イノベーションで世界を変えることです。

 

当時、話題になっていたバングラデシュのグラミン銀行(貧困層に小さなビジネスの元手となる少額のお金を融資することで、彼らが貧困から脱出する手助けをするマイクロクレジットを発案)に感銘を受けた税所さんは、グラミン銀行につながる人に次々と連絡を取って実際に会いに行き、わずか19歳で、グラミン銀行グループの研究ラボの初めての日本人コーディネーターに就任します。

 

ここで税所さんが考えたのが、自らの人生をも変えてくれたDVD授業を、バングラデシュで展開することでした。

 

実はバングラデシュもかなりの学歴社会で、国公立大学の受験生は毎年100万人以上で、首都ダッカでは予備校産業が花盛りでした。しかし、大手予備校の学費は高額で、バングラデシュの人口の8割を占める農村部から予備校に通うことはとうてい不可能です。都市部に住む2割の富裕層の子弟だけが、予備校に通って大学に進学できるシステムになっていたのです。

 

この教育格差を目にした税所さんは、バングラデシュの予備校の人気講師に掛け合って、授業を録画させてもらい、農村部でDVD授業の教室を開きます。その結果、先程も述べたような大成功を収めたのです。有名予備校の生徒でも100人に1人しか受からないダッカ大学に、DVD授業の教室から合格者が出たのです。

 

この「バングラデシュ版ドラゴン桜」プロジェクトは、2年目は有料化を目論んだために受講生がなかなか集まらない苦労を経験しましたが、11人の受講生全員が大学に合格し、そのうち2人がダッカ大学に入るなど、連続して成果を挙げました。

 

当時はEエデュケーションと呼ばれていましたが、私にいわせれば、これこそエドテックの成果です。テクノロジーによって時間と場所の制約をとりはらったことで、これまでは大学に進学することのできなかった農村部の貧困地域の高校生に、人生を好転させる道が開けたのです。

 

税所さんはその後、事業化には苦しみ、現在はリクルートのスタディサプリで営業として働くなど、エドテックに携わり続けています。

 

 

山田 浩司
株式会社フォーサイト 代表取締役社長

 

EdTech エドテック

EdTech エドテック

山田 浩司

幻冬舎メディアコンサルティング

EdTech(エドテック)とはEducation(教育)とTechnology(テクノロジー)を組み合わせた造語です。EdTechは進歩を続けるテクノロジーの力を使い、教育にイノベーションを起こすビジネス領域として世界中で注目を集めています…

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