新型コロナウイルスの影響により、「全国の小中学校一斉休校」という異例の事態が発生している今、オンライン授業の是非について、議論が過熱している。教育(エデュケーション)分野に、IT技術(テクノロジー)を活用しようという取り組みを示す概念、「エドテック」。一体、どのような効果を期待できるのだろうか? ※本連載では、難関資格受験予備校フォーサイトの代表取締役・山田浩司氏の著書『EdTech エドテック』(幻冬舎MC)より一部を抜粋し、解説します。

一斉授業では実現不可能だった「完全習得学習」

◆新しい学校教育モデル「完全習得学習」

 

オンラインによる完全習得学習とは、生徒が確実に学習内容を習得しながら学習を進めていくものです。

 

一年間に学ぶ量があらかじめ定められていて、一斉授業で全員に同じ講義を行う学校教育では、基本的に「完全習得学習」は実現できません。同じクラスの中にもの覚えの良い生徒と、もの覚えの悪い生徒がいて、後者に合わせるとカリキュラムを最後までこなすことができないからです。

 

しかし、オンライン講義であれば、生徒は自分が理解するまで何度でも繰り返し講義を受けることができますし、わからなかったことがあれば学校で教師に質問するだけの時間の余裕があります(オンライン講義でした話を、学校の授業でしなくてもよいからです)。

 

完全習得学習のアイデアを最初に提唱したのは、1920年代の教育者カールトン・ウォッシュバーンさんです。

 

ウォッシュバーンさんは「ニーズに応じた教育を与えられれば、すべての生徒は学ぶことができる」という信念のもとに、時間ではなく理解度に基づいてカリキュラムを構成することを求めました。時間をどれだけかけてもいいから、すべての生徒が学習を達成することを求めたのです。

 

ウォッシュバーンさんの考えは、それまでの学校教育モデルとずいぶんと異なっていたために、完全習得学習の概念は大きくは広まっていきませんでした。

 

1920年代では、学習にかけられる時間が固定化されていて、できない生徒は本人のやる気不足と判断されて最終的には放置されてしまう「伝統的教育」の牙城を揺るがすことはできなかったのです。その理由としてサルマン・カーンさんは「コスト」と「惰性」を挙げています。

 

新しい教科書や問題集を印刷して配布したり、教師を再教育したりのコストがかかってしまいます。また、教育現場が保守的で、世界環境の変化や教育のニーズの変化に対応しないことも問題でした。1979年から2012年にかけて、世の中は大きく変化しましたが、アメリカの公立学校の指導方法にはほとんど変化はなかったそうです。

 

しかし、ITの進歩が華々しい現代であれば、完全習得学習を実現するためのコストは安く済みますし、変革を嫌がる「惰性」に対しても、従来の教育が機能しなくなっている「危機感」で対抗できます。

 

休校の影響で「エドッテク」の認知度が急上昇している
休校の影響で「エドッテク」の認知度が急上昇している

重要な学習内容をすべて習得した生徒は、たった2割

◆「完全習得学習」実施後の変化

 

一度は消えてしまったかに思われた完全習得学習の概念は、しかし1960年代に教育心理学者のベンジャミン・ブルーム教授の提言によって、一般的に知られるようになりました。

 

ブルームさんによれば、現代の教育機関では、重要な学習内容をすべて習得した生徒は2割にすぎず、それらの生徒だけが報われる場になっています。しかし個々人が自分のペースで学習していく完全習得学習を実施したところ、全体の8割近い生徒が学習内容を習得できるようになったそうです。

 

完全習得学習では、寺子屋と同様に、個々の生徒はそれぞれ自分のペースに合わせて異なる内容を学習します。そして教室での授業では、自分がどこまで理解しているかを教師に示し、理解できない点については個別指導を受けます。

 

生徒の理解度はそれぞれで異なるというのは、教育に携わる人であれば誰もが知っている真実です。けれども、きちんと時間をかけて基礎からブロックを積むように教えていけば、どの生徒も義務教育を修了する程度の学力は習得できます。すべての生徒に学力を身に付けさせるためには、一斉授業ではなく「個別学習」が不可欠です。

 

完全習得学習は、生徒がどこまで理解しているか、学習が進んでいるかを常にチェックしながら進められるため、真の意味での学びを実現します。

 

現在の学校教育では、テストで良い成績を取ることが目標になっているため、公式の暗記や選択式問題の解き方など、小手先のテクニックを習得しようとする生徒があとを絶ちません。そのようにして良い点を取った生徒が、学習内容をあいまいにしか理解していなかったことが、あとになって判明することもしばしばです。

 

学びとは、本来、非常に能動的なプロセスです。私たちが何かを学ぶとき、例えば自転車の乗り方を学ぶとき、それは教室に座って受動的に講義を受けているだけでは絶対に身に付きません。自ら自転車にまたがって、実際にこいでみなければ、いつまでたっても乗れるようにはならないでしょう。

 

自動車の運転方法も同じです。自動車学校の修了率が非常に高いのは、生徒が自ら能動的に学びに来ていて、なおかつ高い授業料を支払っているからです。

 

狩りの方法や調理の方法、仕事の方法など、人間が生きていくために必要なプロセスは、すべて能動的に学ばれてきました。「勉強したくない」なんて愚痴をつぶやきながら、いやいや机に向かっている生徒が多いのは、学校教育だけでしょう。

完全学習授業でわかる「エドテック」の重要性

◆完全学習を助けるアダプティブ・ラーニング(適応学習)

 

完全習得学習とは、オンライン講義ライブラリーなどを用いて、生徒がそれぞれ自分のペースで学習を進める形態を指します。この完全習得学習に欠かせないのが、教師による個別サポートです。もし個別サポートが得られないとしたら、自学自習を行う生徒は早晩、壁に突き当たって、学習に挫折してしまうでしょう。

 

ですから完全習得学習を行うのであれば、反転学習と同様に、オンライン講義だけでなく定期的なオフラインの授業も必要になります。オフラインの授業で、教師からサポートを受けるとともに、生徒同士で刺激や影響を受け合い、モチベーションを高めることで、学習を円滑に進められるようになります。

 

そうはいっても、人間の教師による個別指導にはリソース的な限界があります。

 

40人の生徒を集めての一斉授業を行っていた教師に個別サポートをさせると、一人にかける時間は単純計算で40分の1になってしまいます。そこでエドテック(アダプティブ・ラーニング)が重要になります。

 

アダプティブ・ラーニングとは、それぞれの生徒に合わせた問題や指導を行う、完全習得学習にマッチングした教育方法です。アダプティブ・ラーニングに対応したソフトウェアを生徒に与えることで、自学自習でもまるで教師の指導を受けているかのように学習を進めることができます。

 

◆サンフランシスコでの実験わかったアダプティブ・ラーニングの凄み

 

カーン・アカデミーは、オンライン講義とアダプティブ・ラーニングのソフトウェアの両方をサービスとして提供しています。このサービスをどのように学校に導入するか、サンフランシスコのペニンシュラ・ブリッジで実験したときの話です。

 

小学6年生に対しての実験では、参加者を半分に分けて、片方のグループには小学1年生の「1+1」からのビデオとソフトウェアを、もう片方のグループには小学5年生からのビデオとソフトウェアを与えました。6年生には「1+1」は易しすぎて無駄ではないかとの懸念がありましたが、結果は驚くものでした。

 

1年生レベルの内容からスタートしたグループのうちほとんどの生徒は猛スピードで次の段階に進みましたが、わずかながら2年生や3年生の内容でつまずいてしまう生徒がいました。

 

つまり、一見、何不自由なく6年生をやっている生徒のなかには、ごく初歩的な内容を理解せずに、ごまかしつつ6年生をやっている子たちがいたのです。もちろん、彼らはこの時点で問題が発見されたことで、アダプティブ・ラーニングによって知識を補習できました。もし何も気づかれずに中学生になっていたとしたら、その先の代数の学習を習得できる可能性はほとんどなかったでしょう。

 

また、5年生レベルの内容からスタートしたグループは、同じ期間の実験をしたとしても、1年生レベルからスタートしたグループよりも学習レベルで先に進むだろうと思われていましたが、実際はそうではありませんでした。むしろ、1年生レベルからスタートしたグループのほうが、5年生レベルからスタートしたグループを追い抜いてしまったのです。学習時間は変わらないのに不思議なことです。

 

原因は、5年生レベルからスタートしたグループの何人かが、中学生レベルの問題でつまずいてしまって先に進めなかったからです。おそらく彼らは、もっと前の内容を理解できていないために、いつまでたっても中学生レベルを習得することができなかったのです。

 

この実験は、マスタリー・ラーニング(完全習得学習)と、アダプティブ・ラーニング(適応学習)の重要性を証してあまりあるものとなりました。二つのグループの成績を比べると、1年生レベルからはじめたグループは、しっかりと基礎から内容を理解していたため、カメがウサギを追い抜くように着実に一歩一歩を進めて、ついには相手を追い抜くことができたのです。

 

なお、同じくサンフランシスコのロスアルトスでの実験では、カーン・アカデミーのビデオとソフトウェアで勉強した中学生の代数の各テストの平均点が、10〜40パーセント伸びたそうです。学習者一人ひとりに合わせた学習内容を提供するアダプティブ・ラーニングは、今後のエドテックの本命だと考えられています。

 

 

山田 浩司

株式会社フォーサイト 代表取締役社長

 

EdTech エドテック

EdTech エドテック

山田 浩司

幻冬舎メディアコンサルティング

EdTech(エドテック)とはEducation(教育)とTechnology(テクノロジー)を組み合わせた造語です。EdTechは進歩を続けるテクノロジーの力を使い、教育にイノベーションを起こすビジネス領域として世界中で注目を集めています…

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