「オンライン講義」を毛嫌いする声もあるが…
◆オンライン講義の意味
教育現場へのICT(Information and Communication Technology:デジタル教科書、電子黒板、タブレット端末といった情報通信技術)の導入が、これまでの心のこもったふれあいや、手作り資料の温かみをなくしてしまうのではないか、と懸念する熱心な教師たちは、「オンライン講義」に対しても懐疑の目を向けています。
そうした人たちは、オンライン講義では、生徒のリアルタイムな反応が見られないので、どうしても一方通行の授業になってしまうと考えています。また、注意力の欠けている生徒に声をかけることも、内容についてこられない生徒をフォローすることもできないため、現状の教育現場での一対多の一斉授業に劣るものであると考えています。
ある意味ではそのとおりです。もし現在の学校の授業をすべて録画形式のオンライン授業に置き換えるとしたら、授業の質の低下は否めないでしょう。
リアルタイムのオンライン授業で、マイクとカメラの付いたタブレット端末を使って生徒の反応を逐一見られるとしても、同じ空気を共有している教室での授業には敵わないでしょう。しかし、そうした人たちには誤解があるようです。オンライン講義は、あくまでも対面形式の授業を補完するものであり、代替するものではありません。
遠隔地などにいて、どうしても対面形式の講義を受けられない人にはオンライン講義で代替することがあるかもしれませんが、いわゆる学校におけるオンライン講義には、それとはまったく別の意味があります。
それは「反転授業(フリップド・クラスルーム)」の実現です。
集団授業⇒個別学習は効率的といえるのか?
反転授業とは、通常の授業を反転させた(ひっくり返した)ものです。
ここでいう通常の授業とは、教師が学校の授業で新しい知識や概念を教えて、それを家に帰って宿題で復習させて定着させるというものです。知識の習得には、まずインプット(講義)があり、その次に、自分の手を動かしてのアウトプット(復習)が必要ですから、今の学校の通常の授業形態は理にかなったものです。
一方、反転授業は、今の学校の授業には非効率なところがあると考えます。
というのも、最初の知識の習得の部分は、本来は教科書を読んだり、オンライン講義を聞いたりで自学自習できる部分です。そこには、教師と生徒とのインタラクティブなやりとりや、生徒同士のグループワークの入る余地があまりありません。そのようなアウトプットはむしろ知識の定着や復習のパートで必要になるものです。
そこで、反転授業では、まず学校の授業の前に、オンライン講義の映像などで、新しい単元の予習を先にしてもらいます。知識の習得は自学自習で先に行ってもらうのです。そうすることで、教師のいる学校の授業の本番では、覚えてきたかどうかを発表してもらったり、あるいは生徒同士で一緒に考えるグループワークをやらせたり、人間同士のインタラクティブな学習で、知識の定着やまとめをはかることができます。
◆オンライン抗議で学習効率の向上
教師による授業→自宅で一人で復習、という従来のパターンよりも、自宅でオンライン講義で予習→教師による授業で覚えた知識の実践、という反転授業のほうがより深く知識を定着させることができて、学習効率が良いのです。
そして、反転授業を実現するためには、学習効率の良い予習ツールとして、オンライン講義の配信が欠かせません。まったく新しい単元を勉強するときに、一人で教科書を読んで予習できる子どもはそれほど多くないからです。
カーンアカデミーのオンライン講義が注目されたのは、反転授業を実現するのに最適のツールだと考えられたからでした。まずはどんな方法を使ってでも、授業前の予習として、基礎知識を頭に入れてもらう。そして授業では、それをどれくらい理解しているかを、教室でアウトプットしてもらう――これが、エドテックを利用して従来の授業をアップデートした、今人気の新しい授業です。
オンライン講義と対面授業とを組み合わせて(ブレンドして)いるために、ブレンディッド・ラーニング(混合学習)とも呼ばれます。
「集団授業」のコスパが悪すぎると感じた米教師は…
反転授業の概念や試み自体は以前からありましたが、一般的に知られるようになったのは、アメリカのウッドランド・パーク高校の化学教員であったジョナサン・バーグマンさんとアーロン・サムズさんが、自分たちの取り組みを反転授業と呼んでマスメディアで公開してからです。
バーグマンさんとサムズさんは2006年にこの田舎の高校の教員として赴任してきて、一つの問題に気づきます。多くの生徒が部活動で大会に出席したり他校に遠征したりするたびに、移動時間がかかるので授業を欠席するのです。そうして欠席のたびに授業の進行に追いつけなくなり、やがて落第の危機に陥ります。
熱心な教師であったバーグマンさんとサムズさんは、授業を欠席した生徒に対する補講をそのたびに実施していましたが、あまりに膨大な時間をとられるので、正規の授業を録画しておいてそれを見せるようにしました。
録画講義は好評でした。欠席した生徒ばかりでなく、出席していたけれども話を理解できなかった生徒も復習のために録画を見るようになりました。やがて、ウッドランド・パーク高校の生徒だけでなく、全国の化学の苦手な高校生がそのビデオを見るようになりました。どの高校でも教えることはだいたい一緒なので、誰もが便利に使い始め、サムズさんは次のように考えるようになりました。
「生徒にとって、本当に僕の存在が目の前に必要になるのは、勉強につまずいて個別の手助けを求めているときだ。おおぜいに向けて内容を喋るだけなら、教室で対面する必要はない。」(ジョナサン・バーグマン、アーロン・サムズ『反転授業』より)
こうして、バーグマンさんとサムズさんの「反転授業」が誕生します。生徒は宿題として予習のビデオを見て、ノートに内容をまとめます。実際の授業では練習問題を解いたり、実験を行ったりします。このやり方は素晴らしくうまく機能しました。生徒たちの成績は向上し、授業時間が余るほど、効率も良くなったのです。
理想的な反面、怠ける生徒が出てくるのも事実
◆反転授業の難点
実は私も企業で研修講師をしていた時代、この形式の授業を行っていました。生徒にはテキストで単元を予習してもらい、授業ではまずテストを行って理解度をチェックして、できていないところを重点的に教えるのです。期日までに全員を資格試験に合格させるという目標を立てたために、最も学習効率の良いやり方をとったのです。
結果は素晴らしいものでした。一人でできる部分は一人で予習し、授業では一人でできないところをサポートするという反転授業は、うまく機能すれば理想の授業形態になります。
しかし、この反転授業の普及がなかなか進まないのは、難点があるからです。実際に試してみればわかりますが、たとえオンライン講義を配信したとしても、やる気のない生徒に毎回授業の前にそれを見せて理解させるのは非常に困難です。
結果として、予習をしてきた生徒だけが授業に参加できて、予習をしてこなかった生徒は授業内容をまったく理解できず、落ちこぼれることになります。結局、予習をしてこなかった生徒のために授業で説明を繰り返さざるを得ないのです。反転授業を取り入れようとした教師は、こうして挫折することが多くなります。
私の場合はどうしたのかといえば、生徒に無理矢理やる気を出させるために、かなりの力技を使いました。
一つ例を挙げると、授業開始時のテストの結果をその場で壁に貼り出して、なおかつ成績順に生徒の席を決めて座らせることにしました。こうすると、自分が予習してきたか、してこなかったかが、誰の目にもすぐわかるようになりますし、ただ予習してくるだけでなく理解して良い点を取らないと、皆の前で恥をかくようになります。
このような方法は、社会人の生徒が仕事として勉強に取り組んでいる企業研修だからできたことで、学校で行ったとしたら大きな問題になるでしょう。
スパルタ式の教授法は、子どもの心を傷つけるため、現在ではほとんど見られなくなりました。しかし、ある程度の強制力を行使できなければ、反転授業は実現できません。人間にはどうしても怠ける心があって、それが時々出てきてしまうからです。
山田 浩司
株式会社フォーサイト 代表取締役社長