デジタル機器の導入で「教育現場」はどう変わったのか
昨今の教育現場では、デジタル教科書、電子黒板、タブレット端末といったICT機器(Information and Communication Technology:情報通信技術)を公教育に導入しようとの動きが進んでいます。
例えば、タブレット端末に格納されたデジタル教科書を使えば、すべての教科書、参考書、ドリルを1台の端末に収めることができるため、重い教科書を何冊もランドセルに入れて通学する苦行から解放されます。また、タブレット端末はタッチペンを使うことで電子ノートにもなるので、各教科ごとに用意していたノートも不要になるかもしれません。
何よりもデジタル教科書は、紙の教科書に比べて表現力の次元が異なります。
例えば、漢字の書き順は、これまでは一画目から段階を踏んで徐々に漢字が出来上がっていく様子を、連続した図で見せるしかありませんでした。しかし、画数の多い漢字の場合は、スペースの都合ですべての書き順を見せることができず中途半端な表現になっていたうえ、注意力の低い子どもの場合はろくに書き順を見ることなく、自己流で書いて、自己流で覚えてしまうことが多いのです。
ところが、デジタル教科書であれば、すべての書き順を実際に漢字を書いているアニメーションで順番に見せることができます。そこに動きがあるというだけで子どもの注意を引きつけることができますし、途中でスキップすることをできなくしておけば、最初から最後までじっくりと書き順を見せて覚えさせることもできます。
算数も同じです。立方体の展開図は、実際に画面の中でアニメーションで組み立てて見せることができますし、円の面積の求め方のときには、やはりアニメーションで円をバラバラにしてかたちを変えて見せることで、公式の意味を理解させることができます。
九九の練習など、純粋に暗記を必要とする場面では、ゲーム形式で穴埋め問題に取り組ませることが非常に有効です。
理科では、花が咲く様子や昆虫の孵化の様子をスローモーションビデオで見せることで、自然現象への素直な好奇心をかきたてることができますし、実際の教室では危なくてできない実験も、映像授業で理解してもらうことができるでしょう。生徒自身がカメラを使って写真を撮ることで、正確な観察日記を作ったりもできます。
社会では、実際の工場の様子や働く人へのインタビューを映像として見せることでリアルな実感を持ってもらうことができますし、白地図に名称を書いたり消したりを何度も繰り返すことで暗記を助けることができます。テレビ電話を使って遠くの農家にインタビューしたり、インターネットでものを調べたりするのも良い学習になるでしょう。
英語では、生徒たちの発音をタブレット端末に録音してチェックしたり、あとから自分で聞いて反省させたりすることができます。単語をクリックすればすぐに意味が現れる仕様も、わからない単語が出てくるたびに紙の辞書をペラペラとめくって調べていた昔の学生からすればうらやましい機能です。
タブレット端末を使って宿題を配信しトラブルを防ぐ
タブレット端末を使えば宿題の配信も一瞬でできますから、特に小学校低学年にありがちな「先生の話を聞いていなかったので宿題がわからない」「聞いていたけれどメモを取らなかったので忘れてしまった」「宿題のプリントをなくしてしまった」などといったトラブルを避けることができます。
また、タブレット端末を使って宿題をしてもらえば、自動的に採点ができますから、教師が赤ペンで一人ひとりに丸付けをするという、あまりクリエイティブでない作業もする必要がなくなります(最近は、宿題は親に採点させたり、隣同士で採点させたりの試みが取り入れられているそうです)。
総じて、紙幅や価格の都合で図版が少なく文字ばかりの紙の教科書よりも、デジタル教科書はコンテンツとして優れています。実際に小中学校にタブレット端末を導入しての実証研究の報告書を見ても、生徒からは「楽しい」「わかりやすい」と好評で、成績も向上する結果となっていました。
「教育現場の見える化」で教師も的確な指導が可能に
◆電子黒板とタブレット端末で連携
生徒一人ひとりに与えるタブレット端末だけでなく、教室に備え付けられた電子黒板も役に立ちます。
電子黒板とは、いわば大きなタブレット端末です。ペンを使って書き込むことはもちろん、写真や映像を映し出すことができますし、紙教材や生徒のノートなどもカメラで写して投影することができます。大型ディスプレイとパソコンとタッチパネルが一緒になったものだと考えてもいいでしょう。
電子黒板があれば、黒板にチョークで書いた文字を黒板消しで消して…の繰り返しが不要になりますし、教室の床がチョークの粉で汚れることもなくなります。
なにより、用意した教材を一瞬で画面に映し出すことができるので、教科書を見ながら問題や図を黒板に書き写す無駄な時間がなくなります。字を丁寧に書くという、教師にとっての必須事項に時間を費やして練習する必要もなくなります。
黒板に書く時間が少なくなって、なおかつ表現力が豊かになる分、教材作成や授業の指導にかけられる時間が長くなるでしょう。
また、生徒に問題を一斉に解かせた場合、タブレットに解答させれば、その場ですぐに解答を集計できるので、誰が理解していて誰が理解できていないかを可視化できます。そうなれば、できていない生徒のところに行って個別に声をかけることもできます。
「授業を理解できない子」を蔑ろにする先生もいたが…
これまで教師は、生徒の表情や反応を見て、だいたいクラスのどれくらいが自分の話を理解しているかのフィードバックを得てきました。そして8〜9割の理解を目指していましたから、とても個別指導にまでは手が回りませんでした。
教師のなかには、8割が理解できる授業をしているのだから、わからない2割は「話を聞いていない」か「理解する力がない」のであって、決して自分の教え方が悪いとは思わない人もいます。
しかし、本当に8割が理解しているのか、ICT化されて生徒にタブレットを持たせれば、本当に理解している生徒がどれだけいるのか、瞬時にわかるようになります。もしその数字が悪かったとしたら、その場ですぐに反省して、もっとわかりやすく繰り返し教えようとするでしょう。つまり、授業のフィードバックをすぐに確実に得られるようになるのです。
エドテックの本質は可視化(見える化)にあります。教育現場の見える化は、探究心と向上心が強く、PDCAを回すことができるような教師にとっては大きなメリットです。
いいことづくめに見えるのに、反対論が止まないのは?
一見、いいことづくめに見える教育のICT化ですが、もちろんデメリットもありますし、教育の向上という立場からも根強い反対論があります。
◆電子黒板が使われなくなる理由
例えば、電子黒板は便利そうに見えますが、実際に導入した学校を数年後に見て回ると、いつのまにか使われなくなって、ポスターや学級新聞の掲示板と化している例もあるのです。
電子黒板が使われなくなる理由の最たるものは、単純に不便だからです。
アップル創業者のスティーブ・ジョブズが、iPhoneやiPadにタッチペンを付けないのかと聞かれたときに「皆が生まれながらに持つ最高のデバイスである指があるのに、どうしてすぐになくなるペンなんかを使う必要があるんだ?」と言った話は有名ですが、それと同様に、どんなに電子データを扱えたとしても、アナログな道具の利便性には敵わなかったのです。
例えばスマホにはメモを取る機能がありますが、手帳を取り出してさらさらとメモするのと、スマホを取り出してメモを立ち上げて文字を入力するのと、どちらが便利でしょうか。いうまでもありません。
教室でも、ちょっと三角形を描いて生徒に見せたいとき、電子黒板を立ち上げて、図を書くための画面を呼び出して、いくつかのポイントをタッチすれば、確かにまっすぐできれいな線の三角形が書けます。しかし、ハードウェアやソフトウェアの起動にかかる待ち時間やストレスを考えれば、チョークと定規を取り上げて黒板にさっさと描いたほうがよほど便利です。
ランダムなデータを集計して棒グラフを作成するというようなときは、電子黒板にやらせたほうが速いでしょうが、たいていの文字や図は黒板にチョークで書いたほうが速くかけます。
これにはICTリテラシーも関係しています。わざわざICT教育を受けた教師でなければ、電子黒板の本来の性能と速度を発揮させることは難しいでしょう。ICTを使って表現力のある教材を自力で作ることができないのであれば電子黒板は不要で、模造紙とペンとテープを駆使したほうが良いものができます。
「どうしても電子黒板でなくてはいけない」理由がない
日本の学校の教師は忙しく、新しい機械の使い方を学ぶくらいならば、もっと生徒のためになることをしたいと考える人も少なくありません。
確かに、写真やら映像やらDVDやら、電子データを何でも映し出せるというのは便利ですが、それだけをしたいのであれば、わざわざ高価な電子黒板を導入しなくてもほかにいくらでも手段はあります。
パソコンをテレビのモニターにつないでもいいですし、昔のようにプロジェクターを使ってスクリーンに投影することもできます。どうしても電子黒板でなくてはいけないという機能はありません。
そもそも大方の教師のICTリテラシーが低くて使いこなせないし、使わなくても代替手段はいくらでもあるというのが、電子黒板が普及しない最大の理由です。
「故障」「データ消失」ICT機器ならではのリスクも
また、機械には故障がつきものです。使われなくなった電子黒板のなかには、故障したからそのままになったというものもあります。
いざというときに壊れて起動しないかもしれない機械をおそるおそる使うくらいならば、最初から信用せず、データも蓄積せず、従来のやり方でやったほうがいいという考え方にも一理あります。
故障のリスクは、教室に備えつけの電子黒板よりも、子どもたち一人ひとりに配るタブレット端末のほうがより高くなります。確かに、6年間使うことを考えれば、デジタル教科書をタブレット端末で表示したほうが安くなるのですが、途中で故障するリスクを考えると、必ずしもそうとばかりはいえなくなります。
また、大事なときに故障することで子どもに不要なパニックを引き起こす危険性もあります。落としても破いても丸めても、文字が読める限りは教科書として機能する紙の書籍に比べれば、そのデメリットは甚大です。
また、デジタル機器の故障で怖いのはデータの消失です。教科書はなくしてもまた入手できますが、教科書への書き込みやノートは戻ってきません。自動的にサーバーにバックアップを取るということはもちろんできますが、バックアップとバックアップとの間の情報は消えてしまいます。
ICT化には「ICTリテラシーのない人」への教育が必須
◆ICT教育における懸念
ICT機器のデメリットは、デジタルコンテンツの表現力の高さによる学習効果とトレードオフの関係になります。メリットもデメリットもあるというなかで、できるだけリスクを避けたいという判断をする人がいても責めることはできません。
また、アナログのノートの利点を挙げる人もいます。鉛筆と手を使って文字を書くことで知能が発達したり、黒板を書き写すことで文章を書いたり読んだりする力が付く、という主張もあります。写経と同じ効果です。実際に手で文字を書くことによる効果は、キーボードを叩いて入力することでは得られないらしいのです。
生徒の負担を避けて学習効率を高めるための穴埋めプリントの多用が、生徒から読解力を奪っているという意見を持つ人もいます。ICT機器で効率性を追求することで、忍耐力を養うなど、非効率さのなかにあった別のトレーニングが失われるというのです。
今の子どもはメモを取ることが下手になったといいますが、それは黒板を写してノートを取るという練習が少なくなったからかもしれません。
教育現場にICT機器をどれだけ導入するのが良いのか、10年、20年前からさまざまな人が議論していますが、それぞれの人の意見が異なるために、なかなか解答は出てきません。
しかし、ICTリテラシーのない人にICT機器を与えた場合、やはりサポートが大変ですし、トラブルの際にパニックになることが予想されます。ICT教育がある程度進むまでは、大々的な予算を使っての全国的な導入は、特に小学校においては難しいでしょう。
山田 浩司
株式会社フォーサイト 代表取締役社長