欧州と日本で「真逆の売られ方」をしている「バラの秘密」

『なぜ僕は「ケニアのバラ」を輸入したのか?』(幻冬舎MC)を上梓した小林邦宏氏は、「東大から財閥系商社」というキャリアを投げ捨て、アフリカ・ケニアのバラ農園との取引をたった一人で開拓した。日本企業がほぼ入っていない国で、どうやってビジネスチャンスを掴んだのか。本連載では、同氏の軌跡を追っていく。

日本の「ケニア産バラ」の売り方は、欧州と真逆だった

◆新しい市場を作ることで、大きなインパクトになる

 

バラを目指してケニアに何度も通っているなかで分かったのは、ケニアが世界のバラ開発の最前線であるということでした。イギリス、オランダ、インド、イスラエルなどから、花のプロたちがこぞって集い、3年後、5年後の流通を目指して、現地の生産者とともに新たなバラの開発を行っていました。

 

ヨーロッパでは、ケニアのバラといえば、花が大きく高品質で知られ、値段もそれなりにします。その一方で、当時の日本市場で流通していたケニアのバラは花が小ぶりで値段がリーズナブルであり、ヨーロッパとは真逆の売られ方をしていました。

 

「ケニアのバラのすばらしさは、ヨーロッパで珍重されていることからも明らかだ。でも日本市場では、まだその本当の姿は知られていない。ケニアのバラ本来の魅力を広めることができれば、必ず売れる」

 

僕は大きなビジネスチャンスがあると感じました。

 

ケニアの大輪のバラ。
ケニアの大輪のバラ。

 

しかし、ただ「ケニアのバラ」というラベルを付けて販売しても、先行する商品群のなかに埋もれてしまいかねません。自分ならではの付加価値を持たせる必要がありました。

 

そこで僕が目を付けたのが、一つの花に多様な色が混じった「複色のバラ」でした。

 

ヨーロッパにおいては、複色のバラは主流商品の一つとなっており、人気がありましたが、日本では輸入のバラといえば単色であり、複色のバラはほとんど見掛けませんでした。日本のバラ販売の関係者からも「ケニアのバラは、赤、黄色、緑の単色じゃなければ、日本では売れないよ」といわれたことがありました。

 

市場が存在しないからこそ、それを自分がつくったときのインパクトが大きくなります。「ケニアのバラといえば、大輪で、複色。そんな価値観を、日本に広めよう」僕が挑戦すべきことが、明らかになりました。

ナイロビから4時間の小さな町に理想のバラがあった

◆あくなき探求心を持った生産者に、賭けることにした

 

すばらしい商材と出会えたからといって、それがすぐにビジネスになるわけではありません。一定以上の品質を保ち、求めるボリュームをきちんと出荷してくれる仕入先がなければ定期的に商品を市場に流通させ利益を得ることができないからです。

 

生鮮品を扱う際には特に顕著ですが、仕入先の選定こそ、そのビジネスが成功するかどうかを決める重要なファクターです。どんなところに注目して仕入先を絞ればいいかについては今後の連載で後述するとして、バラ農園を渡り歩いた僕は、ある生産者に目を付けました。

 

首都ナイロビから片道4時間かかってたどり着ける、ンジョロという町。そこにあったインド人の経営する農園、「ソジャンミ農園」です。ソジャンミ農園のバラは、それまで行った農園のどこよりも大きな花を付けていました。品質も高く、切り花にしても長時間、花を楽しむことができる力強さがありました。

 

どうしてこの農園のバラだけ、ほかの農園とは違うのか。僕はその秘密を知るため、足しげくソジャンミ農園に通いました。そうして分かったのは、生産者のあくなき探求心でした。

 

ソジャンミ農園では、品種開発から栽培まですべてを手掛けていました。毎年5,000種もの新しい品種をテストし、自分たちだけのバラをいくつも保有していました。それぞれの品種にとって最適な成長環境を、常に模索していました。なによりバラ栽培という仕事に誇りを持ち、ひたむきに、真面目にバラと向き合っていました。

 

ここしかない。僕は彼らに、賭けることにしました。

 

いくらすばらしいバラを作っているからといって、ただその商品を輸入すればいい、というわけにはいきません。高品質で力強いソジャンミ農園のバラも、日本まで48時間という長時間輸送に耐えるのは、そのままでは難しいものです。バラにストレスを与えず、ダメージなく日本に持ってくるには、出荷時の温度コントロールや輸送ルートなどを最適に整える必要があります。

 

僕は年に4~5回もケニアへと飛び、そうした環境づくりについて何度も議論を交わしました。農園のスタッフを日本に呼び、実際に搬入現場を見せるなどして、手順の改善を求めるといった活動は、現在も繰り返しているところです。僕のように現地まで飛んできて細かい注文を付けてくるような取引相手は、過去にいなかったと思います。

 

おおらかでのんびりした人が多いケニアにおいて、日本市場の基準を満たすようなハイレベルな要求をすれば、うっとうしがられて取引を切られる可能性も大いにあります。しかし彼らは、僕の要求に応えてくれ、格別に厳しくバラの選別をして、最高の状態で送ってくれるようになりました。

 

そして、ソジャンミ農園にアプローチを掛けてから3年後に、ようやくビジネスとして形にすることができました。

 

「世界の花屋」で扱っているケニアのバラは、大輪で力強いという特徴を保ちつつも、日本の暮らしのなかに溶け込むような色合いのものをセレクトしています。黄色とオレンジが優しくミックスされたレディバタフライや、柔らかな緑のグリーンウェイなど、世界で唯一、ソジャンミ農園だけが栽培できる品種ばかりです。

 

 

小林 邦宏

株式会社グリーンパックス 専務取締役

 

株式会社グリーンパックス 専務取締役

東京大学卒業後、住友商事株式会社の情報産業部門に入るも、世界を旅しながら仕事をするという夢が諦めきれず、28歳で商社を起業。花、水産物、オイルなど、さまざまな商品の卸売りを始める。

中国などアジアを中心にビジネスをしていたが、「中小企業は大手と同じことをやっていては生き残れない」と考え、南米、アフリカ、東欧、中近東など、「人が行きたがらない場所」に行って、知られていないニッチな商材を見つけ、取引するようになる。情報番組への出演や、ラジオ局のゲストコメンテーター、講演業など、幅広く活躍中。

著者紹介

連載なぜ僕は「ケニアのバラ」を輸入したのか?

なぜ僕は「ケニアのバラ」を輸入したのか?

なぜ僕は「ケニアのバラ」を輸入したのか?

小林 邦宏

幻冬舎メディアコンサルティング

「東大から財閥系商社」というキャリアを投げ捨て、アフリカ・ケニアのバラ農園との取引をたった一人で開拓し、「世界の花屋」チーフバイヤーとして多くのメディアから注目を集める著者。 なぜ、財閥系商社を飛び出して「フ…

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