妥協し合わなければ「共同事業」は成立しない
前回に引き続き、不動産営業マンが「住み心地」に関する知識に乏しい理由を見ていきます。
営業マンがマンションの住み心地を説明しにくい理由に共同事業というケースがあります。これは複数の会社が集まってひとつの物件を建てるというものですが、もしそれぞれの企業が独自性高き住宅作りをしている会社であるならば、共同事業という形でそれぞれの会社のアイデンティティを表現できるとするのは矛盾があります。
なぜなら、間取りのアイデンティティという領域ではいいとこ取りはできないからです。つまり共同事業は、妥協し合わなければ成立しないのです。
もしかしたら、どの企業も同じような商品しか提供していないということが実態なのかもしれません。間取りの85%以上が似たようなものであるということが、その実態を明確に証明しているようにも思えます。
筆者は、企業のアイデンティティとはもっと強固なものだと思っています。少し脱線しますが、1999年、最悪の業績だった日産にCOO(最高執行責任者)としてカルロス・ゴーン氏が乗り込んできた時のことです。
彼は日産リバイバルプランとして、各地の生産拠点の閉鎖や子会社の統廃合、余剰資産の売却、人員削減などと厳しい施策を打ち出しました。が、注目すべきはそれだけではなかったのです。
日産はかつて「技術の日産」と呼ばれ、日産のエンジンは一目置かれる存在でした。そして、社員にも、そうした日産の車を愛する人が多くいます。
そこで、彼は、日産の技術復活のシンボルとして、新しいフェアレディZを登場させるのですが、その折に全国の販売店の社員を呼び寄せ、Zのエンジンに脈々と流れる日産のアイデンティティとその存在意義を確認させるのです。
ニュースで流れたのでご覧になられた人も多いと思いますが、開発担当者が、企業の存続を賭ける新商品発表の場で発した言葉には、「技術の日産」というアイデンティティを深く刻み込む力がありました。その場にいた人の中には、若い頃に日産車で峠を攻めた記憶や、エンジンの吹き抜ける音を呼び覚ました人もいると思います。
日産のアイデンティティそのものが営業マンの青春の記憶であり、復活のモチベーションだったと筆者は思います。そしてそれこそが企業価値であり、もっと言えば、決して共同事業などという理由で妥協することのできない企業独自の商品価値なのです。
たとえ大手不動産業者でも商品に対する責任感は希薄!?
ところで、自動車業界でも販売会社を使うのは一般的です。しかし、不動産業界と異なり、たいていはある1社の車だけを扱います。これは、実質的に自社販売といっても問題ないでしょう。
だから、販売会社の人たちの多くはパンフレットに書かれている以上に、自分が扱う商品を知っています。自分が乗っていたり、製造現場を見ることで、メーカーのアイデンティティを保持していれば、販売会社の人であってもお客様が本当に知りたいことを、自分自身の体験を通じた実感としてリアルかつ明確に説明してもらえるはずです。
それに比べ、マンションでは車よりもはるかに高い価格にもかかわらず、それぞれの会社のアイデンティティを妥協させざるを得ない、共同事業による商品作りが行われます。その上、商品を生み出す事業主の背景を語れない、販売だけはプロである人間や、同業他社に販売のみならず商品企画までも代理させてよしとするのです。
これには買い手として、疑問を持たねばなりません。商品を紙の上だけからしか説明できない人間のセールストークや、アイデンティティなき会社が烏合の衆のごとく集まって作る商品など、連立政権の公約のようなもので、誰も商品価値に責任は取りません。「大手3社が総力を結集した」などという広告に惑わされてはいけないのです。