自身の住宅に対する「暗黙知」を大切にする
これまでの連載で、住まいとしてのマンションについての問題点を挙げてきました。どんな商品も売るために作るのですから、利益を上げるのは企業として当然です。しかし、現在のマンションはあまりに利益、効率を優先しすぎ、住む人の快適さを無視してきました。
土地効率から決められる住戸の形、日本の気候風土をまったく無視した庇のないマンション、風の通らない田の字型の間取り、そして住み心地を伝えない美しいパンフレットや紙に書かれたことしか説明できない営業マン・・・。
人生をかけてローンを組み、家族のために快適な住まいを得ようとするのなら、一度、世の中で言うマンションの買い方、基礎知識から離れ、本当に快適な暮らしとはどのようなものかを考え直した方がよいのではないでしょうか。
世の中には2種類の知があると言われています。ひとつは形式知と呼ばれるもので、文章や図表、数式などで表されるものです。マンションで言えば、設備のスペック表や駅からの所要時間、専有面積などはいずれも数字や表で示されますから、これはある意味、形式知。現在のマンションは形式知から発想されてきたとも言えるでしょう。
もうひとつの知は暗黙知と呼ばれるものです。これは形式知とは異なり、経験や勘など個人の中には確実にありながら、伝えることが難しいものと言われます。
よく例として挙げられるのは、自転車に乗る、泳ぐなどといった一度覚えてしまえば、一生体が覚えているような動作です。そして、私は気持ちがよい、楽しいという感覚も同様にこの暗黙知に入るのではないかと考えています。
これからマンションを購入しようとする人は、ぜひあなた自身の住宅に関する暗黙知がどこにあるのか? あなたの暗黙知は何を価値基準とするのか? これを呼び覚ましてほしいと思います。
売り手が本当に経験を積み重ねているかどうか?
筆者の住まいに関する暗黙知の原点は子どもの頃、父親の実家のあった千葉県館山市にあります。
縁側からは見上げんばかりの大きな欅があり、夏には気持ちよい木陰を作ってくれました。親戚が一堂に集まり、私たちはその木陰の縁側でよくスイカを食べたものです。その時のさわっと吹いてくる風がどれほど気持ちよかったか。
以来、私の住まい作りにおける夏に快適な家のイメージは、その木陰であり、自然の風となっています。都会のマンションでも、あの時のような木陰、爽やかな風を実現したい。作り手として、私が目指す気持ちよい暮らしは、当たり前のように風の通り抜けるマンションを作ることなのです。
売り手としてだけの面から考えれば、エアコンを28℃に設定すれば涼しくなりますよと、普通の田の字型プランを売る方が簡単です。間取りその他のしくみを考える必要もなく、手間や建築コストも省け、利益は上がるでしょう。
しかし、誰もが使う言葉ですが、「快適な住まいを作る」と考えると、私にはそれはできません。私の暗黙知がそれは快適な暮らしではないことを教えてくれるからです。
涼しさだけでなく、生活の中には数字や文字で表しても快不快がわかりにくいことがたくさんあります。住まいは生活の舞台となるべき場ですから、誰が見てもわかる数字や文字以上に、暗黙知の積み重ねが大事です。
作り、売る人間がそうした経験を重ねてきているかどうか、マンション購入の際にはその点をよく見極めていただきたいと思います。