年間約130万人の方が亡くなり、このうち相続税の課税対象になるのは1/10といわれています。しかし課税対象であろうが、なかろうが、1年で130万通りの相続が発生し、多くのトラブルが生じています。当事者にならないためには、実際のトラブル事例から対策を学ぶことが肝心です。今回は、父が残した遺産に家族が騒然とした事例を、円満相続税理士法人の橘慶太税理士に解説いただきました。

家族のためにがむしゃらに働いた父だったが……

今回ご紹介するのは、Aさんと、Aさんの妻、長男、長女という4人家族です。Aさんは大学卒業後、しばらくしてから妻と出会い、1男1女をもうけました。

 

Aさんの妻は教育熱心で、子どもたちが小さなころから色々な習い事をさせ、地元では珍しい中学校受験をさせて、2人とも中高一貫校に通わせました。

 

一流のものに触れさせたいと、子どもたちに身に着けさせるものはブランド品が多く、外食をするなら一流レストラン、旅行で泊まる宿は一流ホテル……というこだわりよう。

 

親がみすぼらしかったら子どもが恥をかくと、Aさんの妻が身に着けるものもブランド品ばかり。Aさんの知らないところで、その数はどんどん増えていくのでした。

 

Aさんは長男が生まれたときに一念発起し、脱サラをして小さな会社を経営していましたが、生活は楽ではなく、むしろ家計は毎月火の車。そのことで一度、妻と大喧嘩を繰り広げたことがありました。

 

「そんなブランド品ばかり買うことないだろ!」

 

「すべて子どものためよ。将来、子どもがどうなってもいいっていうの? あなたなんて、親失格よ!」

 

子どものため、子どものためって……
子どものため、子どものためって……

 

「子どものため」というキーワードを出されたら、Aさんは何も言えません。Aさんの努力もあり、会社は少しずつ大きくなり、従業員も少しずつ増えていきましたが、どんなことがあっても、社長であるAさんが一番働いたそうです。

 

「うちは妻がすべてやってくれているから……」と言って、家に帰らず働くこともあったそうです。社長でありながらがむしゃらに働くAさんに、従業員も「そんなに無理をしなくても」と心配するほどでした。

 

またAさんは、妻と子どもの将来のために、とコツコツと資産形成に勤しんでいました。そのことは家族には秘密にしていたそうです。「そんな余裕があるなら、家族のために使ってちょうだい、なんて言われるかもしれませんからね」と、Aさんは苦笑いしながら話してくれました。

 

そんなAさんのがんばりもあって、子どもは2人とも一流大学に進学しました。「自分の役目は終わりかな」とホッとしたというAさん。そんなとき、悲しい事件が起きました。

 

出張帰りのAさんが、自宅のリビングの扉に手をかけたとき、その歩みを止めました。妻と子どもたちの会話が聞こえてきたのです。

 

Aさんの妻「2人とも、いい大学に入れてよかったわよ。お父さんのようになったら困るもの」

 

長男「社長って言っても、あんなに小さな会社だったら意味ないよ」

 

長女「家にも全然帰って来ないし。お父さんの顔、忘れちゃいそう」

 

Aさんの妻「あんなに働かないと稼げないなんて、ちょっと頭が悪いのよ。昔からそう。だから2人にはいい大学に入ってほしかったの」

 

確かに、家に帰るのも惜しんで働いていたから、妻には負担をかけたかもしれません。それでも、「すべては子どものために、家族のために」と思って、がんばってきたのです。それなのに、あの言われよう……。怒り、悲しみ、色々な感情が沸き起こりましたが、Aさんは家族に知られないよう、また家を出ました。

家族はワクワクしながら相続の話をしていたが……

そんな出来事があってから、十数年経ったころ。Aさんは余命宣告を受けました。そのときAさんは50代と、まだまだ働き盛りでした自分を顧みず働き、定期的な健康診断を受けていなかったため、病気の発見が遅れてしまったのです。

 

「わたしの人生って、何だったんでしょうね」と呟いたAさん。その数ヵ月後、息を引き取りました。

 

葬儀は、どこか淡々と行われ、関係者は少々違和感を覚えたといいます。

 

「いい家族だと思ったのにね」

 

そんなヒソヒソ話も、あちらこちらと聞こえてきました。こうして葬儀も終わり、Aさんの妻と長男、長女は自宅のリビングで、ホッとひと息。

 

長男・長女「あー疲れた」

 

Aさんの妻「ほんと、お疲れさま。あともう少し、付き合ってね」

 

長女「なに、まだ何かあるの」

 

Aさんの妻「お父さんの遺産のことよ。ちょっといい?」

 

長男「親父に財産なんてないだろ」

 

Aさんの妻「そんなことないのよ。お父さん、私たちには内緒でお金をコツコツ貯めていたのよ」

 

長女「そうなの!?」

 

Aさんの妻「もう十数年も前のことだけどね。お父さんの内緒の通帳を見つけたことがあるの。そのときには5,000万円くらい貯まっていたかな」

 

長女「そんなに! じゃあ今なら1億円くらいになっているんじゃない?」

 

Aさんの妻「ふふっ、どうかしらね。とりあえず、通帳は書斎の机の中にあるって言っていたわ」

 

そういって、3人は書斎に向かいました。そしてAさんの机の引き出しを開けると、そこに1冊の通帳がありました。開いてみると、そこには100万円が入っていました。

 

3人「えっ!?」

 

想像よりもはるかに少ない貯金金額に3人は驚愕。書斎のあちらこちら探してみましたが、見つかったのはこの貯金通帳だけ。

 

Aさんの妻「あのお金はどこにいったのよ!!」

 

実はAさん、あの悲しい出来事のあと、貯金をすべて解約。すべて慈善団体に寄付をしていました。「あのとき『家族のため』というのはやめたんです。妻は、僕には結構な額の貯金があると思っているでしょうけど。ちょっとした復讐ですよ」と、少し意地悪そうな顔をして言っていたAさん。遺された3人が手にしたのは、わずかな貯金と自宅だけだったそうです。

遺産を寄付したいと考えているなら、「遺留分」に注意

事例では寄付を行ったのが十数年前なので、相続が発生した時点での話ではありませんでしたが、近年「遺産の一部をNPO法人や自分が育った学校に寄付したい」という相談が増えています。

 

遺産を寄付するには、大きく、遺言書による寄付と、相続人による寄付があります。相続人による寄付の場合には、最終的に、その相続人が故人の想いを実現させようと行動に移さないと実現しません。その点、遺言書による寄付の場合には約束を反故することは難しくなります。遺言書で寄付をする旨が定められている場合には、その寄付をうける団体の了解がなければ、寄付する意思をなかったことにはできないのです。そのため、遺言書による寄付の方が確実性は高くなります。

 

一方で、注意しなければいけないのは、遺留分です。遺留分とは、相続人の生活を保障するために「最低限、これくらいの財産は相続できますよ」といった権利のことを言います(なお、兄弟姉妹が相続人になる場合には、兄弟姉妹に遺留分はありません)。

 

たとえば「全財産を○○団体に寄付する」という遺言を残したとします。すると相続人たちは、その団体に対して「遺留分を返せ!」と訴えることができるのです。

 

また遺留分を侵害していなかったとしても、財産を寄付するということは、相続人たちがもらえる財産が減ることを意味します。なかには、自分の取り分が減ることに憤慨し、その団体に対して、「お前らが、父にこんな遺言書かせたんだろ!」と詰め寄るケースもあります。遺言書による寄付の場合には、あらかじめ家族の理解を得ていた方が無難です。

 

 

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