「自宅を売りたいな」と思ったとき注意すべきポイント
自宅を売却する際の大きなポイントは1つ。「持ち主が《亡くなる前》に売るべきか、《亡くなったあと》に売るべきか」です。ここの判断は極めて重要です。しかし、どちらが有利かというのは、完全にケースバイケースです。一概には言えません。
ただ、確かなことがあります。「売却のタイミングを間違えると、支払う税金が何百万~何千万円も変わる」ということです。
自宅の売却では、非常に多くの特例が絡み合い、どのタイミングでどの特例を使うべきかを慎重に判断すべきです。税務署は、申告書の書き方は教えてくれますが、どちらが有利になるかは教えてくれません。不動産業者に聞いても、早く売ったほうがいいと言うでしょう(でないと仕事になりませんから)。
自分の身は自分で守らなければいけません。まずは、自宅を売るときにはどのような税金が発生し、どのような特例が使えるのかを知ることから始めていきましょう。
3000万円の特別控除では細かい条件に注意!
今回は、相続が起きる前(=持ち主が亡くなる前)に売却したほうが有利になるケースについてお話しします。鍵を握るのは、【3000万円の特別控除】という特例です。
そもそもですが、不動産を売ると、所得税と住民税がかかります。しかし、この2つの税金はいずれも、儲けがあるときしか発生しません。所得税は儲け税なのです。そして、不動産を売却した際の「儲けの考え方」は、とてもシンプルです。購入金額と、売却金額を比べてください。
たとえば、5000万円で買った物件が8000万円で売れました。すると、3000万円の儲けがでましたよね。この儲けのことを、「譲渡所得(じょうとしょとく)」といいます。
譲渡所得には20%の所得税と住民税が課税されます。ですので、先ほどの3000万円儲けた人であれば、3000万円の20%=600万円の税金を払うことになります(儲けがでていなときには税金はかかりません。確定申告も必要ないです)。
◆3000万円の特別控除とは?
もし、売却する不動産が、持ち主の自宅として使われていた場合には、3000万円の特別控除という特例を使うことができます。名前のとおり、不動産を売ったことによる儲けを、3000万円分なかったことにしてくれる制度です。
この特例は、「自宅として使っていた不動産を売却したとき」しか使えません。アパートや賃貸マンションのような投資用不動産には使えませんし、別荘もダメです。あくまで自宅を売ったときの特例なのです。
特例を使うためには、細かい条件があります。
・自分が住んでいる物件を売却するか、以前住んでいた物件の場合には、住まなくなってから3年を経った日を含む年の12月31日までに売却すること
・売り手と買い手が、親子や夫婦、自分の経営する法人などの特殊な関係がないこと
など
ちなみに、自分が以前住んでいた物件を3年以内に売却する場合には、住むのをやめてから3年以内の期間中、物件を賃貸してもOKです。税理士として疑問に思う部分もありますが、なぜかOKなんですよね。
また相続発生後、空き家になった物件には、この特例はなかなか使えませんでした。3000万円の特別控除は、あくまで持ち主が自宅として使っている場合に限り使うことができたからです。しかし平成27年の税制改正によって、相続後、空き家となった自宅を売却しても、3000万円の特別控除が使えるようになりました。
改正が発表されたとき、筆者は個人的にはすごくうれしかったです。なぜなら、相続後に売却しようとして3000万円の特別控除が使えずに、悔しい思いをされる相談者さんがたくさんいたからです。
しかし、喜びも束の間でした。条件厳しすぎる。相続後に3000万円の特別控除を使うためには、次の条件を満たさなければいけません。
・相続開始時に亡くなった人が1人で住んでいたこと
・一定の耐震基準になるようにリフォームするか、建物を取り壊して売却すること
・売却代金が1億円以下になること
など
まず、昭和56年5月31日以前に建築されたことが条件です。それより新しい物件は問答無用で3000万円の特別控除を使えません。
そして、一定の耐震基準に満たない場合には、わざわざリフォームをして耐震基準を満たすか、建物を取り壊して売却することが条件となっています。だいたいリフォームの相場は100万円~150万円くらい、取壊しでも100万円くらいかかるそうです(確かに税金が600万円少なくなることを考えれば、トライしてみる価値はありそうですが)。
おそらく、この取り扱いの趣旨は、「旧耐震基準の建物を新耐震基準にしてくれるなら、税金を少なくしてもいいよ!」ということなのでしょうね。となると、昭和56年の基準は今後も緩和されない可能性が高いです。なお、この取り扱いは令和5年12月31日までの売却に限定されています。
事例で解説!「小規模宅地等の評価減」が鍵を握る
自宅は相続発生前に売るべきかどうかという論点は、相続税にも非常に重要な影響を及ぼします。ポイントとなるのは、小規模宅地等の評価減です。
小規模宅地等の評価減とは、「亡くなった人が自宅として使っていた土地を、配偶者か同居をしている親族が相続した場合には、8割引きの金額で相続していいですよ」という特例です。
そして、もし、配偶者も同居している相続人もいない場合には、3年以上、自分の持家に住んでいない親族が相続して8割引きになります。これを家なき子特例といいます。たとえば次のようなシチュエーションを考えてみましょう[図表1]。
・父はすでに他界し、母が実家に一人で暮らしている
・一人息子の長男は、《自分の持家》に暮らしており、今後も実家に戻る予定はない
・実家は平成になってから建築されている
・母は施設に入りたいといっている
税金のことだけを考えた場合、母が亡くなる前に自宅を売るべきでしょうか? 筆者だったら、亡くなる前に売却することをすすめます。理由は2つあります。
1つ目の理由は、小規模宅地等の特例です。今回のケースにおいては、どうがんばっても小規模宅地等の特例が使えません。子どもは同居していないし、持家ありだからです。
2つ目の理由は、3000万円の特別控除です。母が自宅として売却すれば3000万円の特別控除が使えます。建物が昭和56年よりあとに建築されているため、相続後には3000万円の特別控除を使えません。
上記のケースですと、小規模宅地等の特例は、自宅を売っても売らなくても、どちらにしても使えません。しかし、3000万円の特別控除は相続前に売却すれば使うことができます。手取りが600万円変わることになります。
上記の理由から、母が生前中に自宅を売却することおすすめします[図表2]。
では下記の場合には、自宅はどのタイミング売るべきでしょうか?
・父は既に他界し、母が実家に一人で暮らしている
・一人息子の長男は、《賃貸マンション》に暮らしており、今後も実家に戻る予定はない
・建物は平成になってから建築されている
・母は施設に入りたいといっている
筆者であれば、相続発生後に売却することをすすめます。なぜなら、今回のケースでは小規模宅地等の特例が使えるからです。
長男は家なき子特例の条件をすべて満たすことになりますので、長男は母と同居していなくても、自宅を8割引きの金額で相続することができます。代わりに、3000万円の特別控除は使えません。売却したときに600万円分手取りが減ってしまいます。
小規模宅地等の評価減を使ってどれくらい相続税の負担が減るかを確認し、3000万円の特別控除を使ったほうがいいかどうかを検討する必要がありますね。
実家が地価の高い所にあるなら小規模宅地等の評価減をとったほうが有利になると思いますが、きちんとした試算をださないと結論はでませんね。
【動画/筆者が「不動産売却にかかる税金」について分かりやすく解説】
橘慶太
円満相続税理士法人