米中両国は、通商交渉の第1段階の合意に署名
この第1段階の合意により、米国は実施を予定していた中国製の携帯電話端末・おもちゃ・PCなどに対する関税の発動を見送るほか、テレビや靴製品などを含む約1200億ドルの中国製消費財に課せられている関税を15%から7.5%に半減させることで合意した。一方で、米国側が課している2500億ドルの中国製品に対する25%の関税措置は残るほか、中国側でも1000億ドル規模の米国製品に対する関税措置は維持される。
関税以外では、中国側が今後2年間にわたり約2000億ドル相当の米国産農産品・製品などを輸入する約束も盛り込まれた。米側の発表によると、内訳は、エネルギー540億ドル、工業製品780億ドル、農産品320億ドル、サービス等で380億ドルが追加輸入される。この合意には他に、中国が今後、為替操作を行わないとの誓約も含まれる。ムニューシン米財務長官は、署名に先立って中国を為替操作国としての認定リストから除外することを公表したことに関連して、この合意は強制力のあるものだと説明した。
また、合意事項の実施方法を巡って意見が対立した場合の二国間協議の手続きも含まれ、事務レベルからトップレベルまでの段階的協議が約90日を目処に行われることが決められた。もし協議で決着しない場合は、関税を含めた制裁のプロセスに入ることになる。
こうした協議の手続きは、双方が報復措置に動くことを回避するためのものだと米国側は説明した。今回の署名から10ヵ月経過した時点で、米国は進展状況を検証することも合意された模様である。検証の結果次第ではあるが、米国側が、中国製品に課している関税を追加的に引き下げ、撤廃することも共通の理解であるという。
トランプ大統領は、中国の劉鶴副首相と並んで会見し、「共に過去の過ちを正し、米国の労働者や農家に対し将来の経済的な正義と安全をもたらす」とコメントした。中国側は習近平国家主席がトランプ大統領に宛てて送った書簡を劉副首相が署名式で読み上げるかたちで公表し、米中通商交渉の第1段階の合意を歓迎するとともに、トランプ大統領と今後も緊密な連絡を続けていく意向を明らかにした。
署名をセレモニー的に喧伝するあたりを見ても、米中両国とも、今回は成果を強調し、世界的な注目を集めた米中間で合意が形成されたというニュース性を優先したことは否めない。その裏には、米国側には大統領選挙、中国側には敏感に反応する景況感への配慮があるだろう。事実、カドロー米国家経済会議(NEC)委員長は、今回の合意により米国の経済成長率は今年と来年の2年間で0.5%も押し上げられるとの見方を表明している。
米中通商交渉はこの先長く続き、課題も山積み
今回の合意は米中両国の交渉が進展したことを評価しながらも、一次合意の中身を突き詰めていくと、本当にそれほどの効果があるものかについては、疑問の声も多い。その効果をいぶかる声が既に出てきているのは事実である。
まず、合意内容を見ればわかるが、合意のコアな部分である関税については部分的な撤廃または停止に留まっているということである。2019年の世界経済の成長を阻害する大きな要因となった貿易量の減少に繋がる関税措置については、一部の撤廃または施行先送りされたに過ぎないということである。米国の対中制裁関税の多くの部分は11月の大統領選後まで維持される結果となった。
中国が輸入する農産物の拡大策も、文字面をそのまま信じるには疑わしい部分が多い。中国が構造的に輸入元を短期間で大きくシフトできるかどうかについては、むしろ疑問視する指摘が多い。数値も、達成が厳しい輸入目標を掲げているとの指摘が既に見られる。
なにより、もともとの米中の通商交渉のアジェンダは、①中国の絶対的に大きな貿易黒字をいかに解消するか、②中国が敷いている国内産業の保護政策や市場保護策をいかに開放するか、③知的財産権の保護などを通じて中国に進出する米国企業の権利を正当に保護するか、にあったはずである。
しかし、今回の合意内容は①の点に集中しており、中国による国内企業への保護政策(②)や知的財産権保護策(③)などの構造改革は、含まれなかったことは見逃してはならない点だろう。
昨年の交渉段階では、これらは米国側から繰り返し中国に対して求められ、中国は国内の意見集約ができなかったこともあり反発していた。この結果、厳しい対立と摩擦を生み、関税合戦に突入していたことは読者の皆さんの記憶にも新しいだろう。しかし、これらは今回の合意には含まれていない。第2段階の協議に先送りされたのである。
議会民主党のシューマー議員は、中国に構造改革を確約させるとしてきたトランプ政権の取り組みは、今回の第1段階の合意では、不十分な内容になるとの懸念を表明している。中国による米国産農産物の大量購入は約束させたものの、米国側が対中国の制裁関税を一部軽減するカードを切らされたわけで、その点からすれば、米国が中国に譲歩をさせられたとの印象を与えかねないという批判は出るだろう。
1月、2月は経済統計に注目…「実体経済の動向」が焦点
市場は、合意形成されたという事実を肯定的に受け止めている。ある意味では、米中両政権がそう見せたいというシナリオを見透かしながら、それに乗っかっていると言えなくもない。
幸いなことに、米国経済は消費を中心に堅調さを維持している。中国経済も、2019年を通した成長率は6.1%で着地、政府目標の下限であった6.0%を上回った。悪いシナリオに慣らされた市場は、こうしたニュースにはポジティブに反応するだろう。
焦点は、実体経済の動向に移る。1月、2月は通常以上に経済統計に注目が集まるだろう。17日に発表された米国の経済指標では、12月の住宅着工件数が急増し、13年ぶりの高水準と低金利の住宅ローンや着実な雇用の伸びを背景に、住宅市場の勢いは継続していることを示した。鉱工業生産指数でも、心配されていた製造業で、落ち着いた動きと解釈できる動きが見られた。
当面、株価はじり高でダウ30000ポイントを試す動き、金利は長期金利を中心にやや上昇、為替は米ドルが底堅く110円水準を上に離れることができるかが試されることになるだろう。
長谷川 建一
Nippon Wealth Limited, a Restricted Licence Bank(NWB/日本ウェルス) CIO