相続の中でも、「不動産の承継」では特にトラブルが発生しやすい。物件に同じものは1つとしてないため、問題の争点・解決策は状況によってまったく異なる。そこで本連載では、不動産の相続対策に強みをもつ専門家集団・株式会社財産ドックの編著『20の事例でわかる 税理士が知らない不動産オーナーの相続対策』(クロスメディア・パブリッシング)より一部を抜粋、事例を紹介し、実践的な対策方法を解説していく。

本来は末っ子が「親の自宅」を相続する予定だった

◆口約束はトラブルのもと。大切な資産だからこそ家族内の相続でも遺言書が必要

 

大阪市にお住まいのBさんのケースです。Bさんは五人兄弟の末っ子で、会社を経営していたご両親とともに暮らしていました。

 

Bさん以外の四人の兄弟は家を出る際、お父様から独立のための支度金をもらい、それぞれ独立していきました。Bさんはご両親と一緒に住むことを決めていたため、お父様からは支度金を渡す代わりに自宅を渡すということを伝えられていたそうです。

 

その後、お父様は亡くなり、自宅はお母様が相続しました。Bさんはその後もお母様の面倒を見ながら生活し、お母様からもBさんに自宅を相続させることを伝えられていました。

 

ちょうどバブルの終わり頃、お母様が病気で亡くなりました。Bさんはかねてからのご両親との約束通り、自宅は自分が相続するものと考えていたそうです。もちろんご両親の意向は他の兄弟も聞いていたので、Bさんはトラブルなく相続できるものだと思っていました。

 

しかし、お母様が亡くなってすぐ、Bさんのお兄さんである三男が、自宅を自分の法定相続分である5分の1の持分で勝手に登記してしまったのです。この頃はバブル全盛期ということもあり、Bさんが相続する予定だった自宅には10億円近くの市場価値がありました。お兄さんたちは家を出る際にお父様から支度金はもらっていたものの、Bさんが相続する自宅の価値に値するほどの大金はもらっていません。

 

四人のお兄さんたちはこれに納得できず、Bさんの意見を聞かずに三男が勝手に登記を行うことを了承したようなのです。

 

しかし、これにBさんは納得できません。ご両親が自分に自宅を託すと言っていて、家族全員が承知していたのにもかかわらず、それらを全てなかったかのように勝手に登記してしまったわけですから。しかしお母様が遺言書を残していなかったため、Bさん以外の兄弟は、この登記に関して問題はないと主張してきたのです。

 

遺産分割協議ではBさんとお兄さんたちの間で大きく揉めることになりました。結局裁判で争うことになり、協議はまとまらないまま月日が流れていきます。

 

しかし悪いことは重なります。Bさんは会社を経営していましたが、バブルが弾けて事業が頓挫し、多額の借金を背負うことになってしまったのです。その担保としてBさんの持分の自宅も競売にかけられてしまいました。こういった状況の中、どうにか権利を取り戻すことはできないかということで、Bさんがに相談に来られたのです。

 

バブルで自宅の市場価値は「10億円」にまで跳ね上がった
バブルで自宅の市場価値は「10億円」にまで跳ね上がった

問題点:大きな資産があるのに遺言書を残さなかった

このケースにおける一番の問題は、Bさんのご両親が遺言書を残していなかったという点です。

 

平成27年の相続税改正によって、相続対策が必要となるのは富裕層だけではなくなってきているため、遺言に対する認識も深まってきていますが、それでもまだ十分とは言えないのが現状です。Bさんのご両親の相続が発生したときは、今よりももっと遺言に対する認識が甘く、さらに五人の兄弟仲も良く、Bさんのご両親も遺言書は必要ないと考えていたのだと思われます。

 

さらに、ご両親がBさんに自宅を渡すと言っていたのはバブル前のことであり、まさか10億円の価値を持つ資産になるとは思っていなかったということもあるでしょう。そのため、今回のような相続トラブルにつながるとはご両親も想定していなかったのかもしれません。

 

四人のお兄さんたちの行動が正しいとは言いませんが、Bさんが口約束だけですんなりと相続できると考えてしまっていたことにも問題はありました。本来であればこういったトラブルにつながらないように、ご両親に遺言書は作成しておいてもらうべきですし、Bさんがもらう金額が多すぎるのであれば、前もって家族で話し合いをして調整しておくべきでした。

解決策:まずは自分の持分を取り戻し粘り強く交渉する

前述の通り、自宅に関するBさんの所有権持分は事業の借金担保として競売にかけられていたため、まずはそれを他人に落札されることを阻止しなければなりませんでした。とはいえ一つの不動産の一部(5分の1)だけが競売にかけられても、入札者が出てくることはほぼありません。そこでBさんが信頼できる方に事情を説明し、この持分を競り落としてもらうよう依頼しました。

 

結果、他人に落札されることは防ぐことができました。この持分は数年後、Bさんがお金を工面し借金を返済して、利子をつけて買い戻すことができました。

 

持分を取り返したあと、Bさんはお兄さんたちと粘り強く交渉をしていきました。そもそも、Bさん以外の四人は家を出るときにお父様から支度金や援助を受けており、かつお父様の相続があったときも現金などを相続していました。

 

しかし、それでも10億円という価値を持つ土地を全てBさんが継ぐことを他の兄弟は受け入れられなかったのです。Bさんは自宅に住み続けていましたが、お兄さんたちは何度も自宅を売却するように迫ってきたそうです。しかし、Bさんは自宅から出ていくつもりはありません。また、少なくともこの不動産をBさんが完全に受け取るまでは売却しないと、お兄さんたちと交渉を続けたのです。

 

そんなやり取りをしながらも一向に話は進展せず、10年が経ち、2000年代に入りました。バブルの時代に10億の価値がついていた土地も10分の1の価格になってしまい、兄弟の中でもBさんとの交渉に応じようと考える人も出てきました。何度も裁判を行い、疲れてしまったということもあったかもしれません。

 

最終的に、勝手に登記申請を行った三男を除き、他のお兄さんたちはBさんの求めに応じてそれぞれの持分をBさんに相続させることを受け入れました。また、三男からは主張する持分を半値程度の価格で買い取ることで同意してもらい、Bさんはようやく全ての不動産を手に入れることができたのです。

 

現在Bさんは土地を担保に融資を受け、その土地でマンション経営をしています。もともと駅から近く、立地が非常に良い土地であったため、経営は順調にいっているようです。ただ、バブル時には10億円の価値が付いていた土地の価値は、現在1億5000万円とかなり下がってしまいました。Bさんは現状に満足はしているようですが、当時何も問題なく相続ができていれば、状況はまた違っていただろうと話していました。

 

今回のケースのように、いくら家族間で話が通っていたとしても、それが口約束であれば反故にされてしまう可能性は大いにあります。人の心というのは変わるものです。どれだけ家族の仲が良くても、相続でトラブルになってしまい関係が壊れてしまうというのは本当によくある話なのです。トラブルを避けたいと考えているのであれば、生前に皆で話し合いを行い、遺言書を作っておくことが大切だということは理解しておきましょう。

 

まとめ

約束しているから大丈夫、信頼し合っている家族だからトラブルは起こらないと思っていても、状況は変わるものです。たとえ大きな資産ではなくても、遺言書の準備は行うことが重要です。

 

 

株式会社財産ドック

20の事例でわかる 税理士が知らない不動産オーナーの相続対策

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