相続の中でも、「不動産の承継」では特にトラブルが発生しやすい。物件に同じものは1つとしてないため、問題の争点・解決策は状況によってまったく異なる。そこで本連載では、不動産の相続対策に強みをもつ専門家集団・株式会社財産ドックの編著『20の事例でわかる 税理士が知らない不動産オーナーの相続対策』(クロスメディア・パブリッシング)より一部を抜粋、事例を紹介し、実践的な対策方法を解説していく。

突然知らない人から多額の入金が…

東京都にお住まいのFさんのケースです。Fさんがある日通帳を記帳すると、知らない人からまとまった入金がされていることに気づきました。普段は使っていない通帳で、どういうお金なのか全く身に覚えがありません。

 

通帳に記帳された名前を調べてみると、お金を振り込んだ方はFさんが保有している土地の借地人の親族Xさんだということがわかりました。

 

Xさんに連絡を取ってお話を伺うと、土地の借地人本人はすでに亡くなっていたとのことでした。遺品から借地契約書が見つかり、内容を確認すると、更新の時期を過ぎており、更新料の記載があったため、Xさんが慌てて振り込んだというのです。

 

謎の入金が…
謎の入金が…

 

Fさん自身もお父様から相続した土地だったため、そのような契約があったことを知りませんでした。Fさんが自宅に戻り契約書がないか調べてみると、確かに古い借地契約書があり、Xさんの親族と過去に借地契約をしていたことがわかりました。

 

借地契約を交わしていた土地はそれほど広くはなく、借地人が庭先で物置場として使っているような土地でした(図表1中の土地①)。Fさんとしても使い道のない土地ですし、そのまま放っておいてもいいかと思ったそうですが、念のため弁護士に相談したところ、どういう土地であっても借地契約をしている以上、きちんと整理した方がいいとアドバイスをもらったのだそうです。Fさんは整理といっても何をどうしたらいいかわからず、私たちのところに相談に来られたのでした。

 

[図表1]Fさんと近隣に住む親族の所有する土地の整理

 

借地権がついた土地は、一般的に地代も安くトラブルも多いため、地主からするとメリットは少ないと言えます。Fさんは、他にも複雑に権利が絡む土地を保有していたようで、今回の問題をきっかけに全ての所有する不動産を一度きちんと整理しようということになりました。

受け継いだ土地の権利関係が超複雑だった

Fさんが住んでいる地域一帯にはFさんの親族が多く住んでおり、古くから親族が保有していた広大な土地を、代々にわたって土地の利用と所有がバラバラなまま相続を重ねてきたという経緯から、土地の権利が複雑化していました。

 

私たちはまず、Fさんが保有している土地の権利関係を一から調べるところから始めました。すると、Fさんが自宅の敷地として使っていた土地の一部が使用貸借している土地だということが判明しました。

 

「使用貸借している土地」というのは、地主から無償で土地を借りて使用している土地のことです。「借地」の場合は、地主に地代を支払いますが、「使用貸借」の場合は、地主と金銭のやり取りはありません[図表2]。

 

[図表2]借地と使用貸借

 

Fさんご自身も、自宅敷地の一部が使用貸借している土地だということは全く知らなかったそうです。権利関係を洗い出してみると、Fさんが使用貸借している土地はFさんの親族であるYさんが所有している土地の一部だということがわかりました(図表1中の土地②)。一方、YさんはFさんが保有している未接道の土地を畑として使用していました(図表1中の土地③)。

 

この土地の使用貸借は、Fさんが土地を相続する前にFさんのお父様とYさんとの間で行われた契約であったため、正確にはわからない部分もありますが、元々Fさんのお父様が保有していた土地にYさんの土地が隣接していたため、その土地を自宅の敷地として使用貸借させてもらい、代わりに、お父様が保有していた別の土地を畑としてYさんに貸していたのだと思われます。

 

Fさんの不動産の権利関係をまとめると、次のような複雑な状況になっていました。

 

●Fさん自身が保有している土地(200坪)

●Fさんが底地を持ち、Xさんが借地権を相続した土地

●Fさんが自宅敷地の一部としてYさんから使用貸借している土地

●Yさんが畑として使用貸借しているFさん所有の土地

 

このように入り乱れた権利関係をそのままにしておくと、今後Fさんに相続が発生するようなことがあった際に、トラブルに発展する可能性が大いにあります。Fさんには娘さんが二人います。どちらの娘さんも将来は家を出ることになるため、娘さんたちが土地を継ぐ可能性は低いとFさんは考えていました。

 

当初はFさんがYさんから使用貸借している土地をYさんに返却し、Fさんの所有敷地内に自宅兼賃貸アパートを建て替えて収益化をはかるという案もあったのですが、娘さんたちが賃貸経営をしていくのは難しいことと、ご自身の年齢を考えて、娘さんたちの負担にならないような形で土地の整理をしたいということをFさんは希望されていました。

問題点:権利関係が絡んでいる土地をどう処分するか

私たちがFさんの土地の権利関係についてさらに調査を進めていくと、Fさんの自宅の土地周辺には、借地権が設定されている土地や親族間で使用貸借されている土地が、かなりあいまいな権利関係のまま多数存在していることが判明しました。

 

その後、Yさんにお話を伺っている中で、Fさんの土地と一緒にYさん自身の土地も整理してほしいという話も出てきました。もちろんFさんの所有している土地を整理することが最優先ではありますが、近隣の親族の土地も一緒に整理することで、Fさんにとっても良い形で土地の整理ができる可能性が高くなります。

 

借地権が設定されている土地(①)、使用貸借をしている自宅敷地(②)、そして未接道の畑(③)。相続を見据えてこれらの土地を整理するのであれば、使わない土地は現金化し、自宅敷地はいつでも売れる状態にしておくことが一番です。最終的に、近隣に住む親族の土地も含めて、この地域一帯の土地の権利関係を整理していく方向で話を進めていくことになりました。

解決策:使用しない土地を売却し、自宅敷地も整理する

まず私たちが手をつけたのは、最初にFさんからご相談いただいた、Xさんの借地権が設定された土地(①)です。借地権付きの土地はトラブルも多く、借地や底地の売買取引になると複雑なことも多いため、Fさんには借地権の買取や売却、借地権と底地の同時売却のメリットや方法についてしっかりと説明を行いました。

 

借地権だけ、底地だけを単独で売却すると低い値段しかつかないのですが、借地権と底地を一緒に売却することができれば、高く売却することができます。

 

[再掲]

 

この説明をした上で、私たちとFさん、そして借地人のXさんの間で話し合いを何度か行いました。FさんかXさんのどちらかが底地もしくは借地を買い取る方法もあったのですが、FさんもXさんもお互い資金を出すのは難しい状況だったため、FさんとXさんに「底地と借地権の等価交換」を行うことを提案しました。借地権がついていたのは20坪程度の土地だったので、お互い10坪ずつを所有権とした等価交換を行い、この借地権設定の土地の問題は解決することができました。

 

次に、FさんがYさんに使用貸借で貸していて、畑として使用されている未接道の土地(③)の整理を始めました。この土地は未接道で宅地にすることもできないため、Fさんには使い道がなく、できれば手放したいとFさんは考えていました。Yさんも畑として使用し続けることにこだわりはなく、Fさんに返してもいいということだったため、売却の手続きを進めていくことになりました。

 

近隣の親族の方の土地の整理も並行して進めていた中、Fさんの親族であるZさんという方から「この畑を購入したい」という申し出がありました。この畑は未接道ですが、Zさんが保有している土地と隣接しているため、Zさんにとっては非常に価値のある土地で、ぜひ手に入れたかったのだそうです。これは当然Fさんにとっても良い話だったため、畑として使用されていた未接道の土地はZさんに売却することになりました。

 

[図表3]底地と借地権の等価交換

 

最後に、畑の売却で得た資金を元手に、FさんがYさんから使用貸借をして自宅敷地として使っていた土地(②)をYさんから買い取ることを計画しました。ただ、Fさんのご自宅は築40年以上経過しており、定期的にリフォームは行っていたものの、耐震性にも不安がある建物です。建物が建っている土地の権利が整理されたとしても、ご自宅の建物をそのままの状態で利用していくのは、今後のことを考えれば、得策ではありません。

 

そこで、使用貸借していた土地の買取は行わずに、自宅の南側の敷地に平屋建ての住宅を新築することにしました。この土地は以前賃貸アパートとして利用されていましたが、ご相談当時は更地になっていました。

 

その際、200坪あったご自宅の敷地のうち、それまで自宅が建っていた土地を含めた北側の約100坪を売却しました。ご自身が住んでいた住宅(居住用財産)を売るか、住宅とともにその敷地を売ると、譲渡所得から最高3000万円の特別控除を利用することができる特例があります。Fさんのケースではこの控除を最大限利用することができ、大きな節税につながりました。

 

さらに、この土地を売却する際には、近隣の親族の土地の整理も同時に行いました。まず、FさんとYさんとの間の使用貸借は解除し、Yさんの土地も売却することにしました。また、Yさんの土地の隣には、YさんとXさんとの間で借地権が設定されている土地もあったのですが、この土地は未接道で宅地にすることができず、資産価値の低い状態でした(図表1中の土地④)。

 

そこで、この土地の借地権と底地、さらにXさんが等価交換により取得した土地10坪も同時売却することにしました。これらの土地をFさんの所有していた約100坪の土地と合わせて一団の土地として宅建業者へ売却することにより、権利が複雑になって使い勝手が悪くなっていた不動産の価値を向上させることにもつながったのです。

 

所有する全ての土地の整理を終えたFさんはその後、残りの100坪の敷地に建てた自宅で生活をしています。自宅が建設された100坪の敷地は分割可能な土地にしてあるため、もし将来Fさんに万が一のことが起こり、相続が発生した場合でもすぐに売却できるでしょう。これまで活用できていなかった複雑に権利が絡んでいた土地を整理して売却することで現金を得ることができ、また新しい自宅と現金化しやすい土地だけを残すことができたFさんには、非常に満足していただいたようでした。
 

まとめ

複雑に権利の絡んだ土地は、トラブルを招く可能性があります。売却・運用しやすいような状態に整理しておくことで、相続でも柔軟に対応することができますが、調査や交渉にある程度の時間がかかるため、早めの準備をお勧めします。

 

 

株式会社財産ドック

20の事例でわかる 税理士が知らない不動産オーナーの相続対策

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