相続の中でも、「不動産の承継」では特にトラブルが発生しやすい。物件に同じものは1つとしてないため、問題の争点・解決策は状況によってまったく異なる。そこで本連載では、不動産の相続対策に強みをもつ専門家集団・株式会社財産ドックの編著『20の事例でわかる 税理士が知らない不動産オーナーの相続対策』(クロスメディア・パブリッシング)より一部を抜粋、事例を紹介し、実践的な対策方法を解説していく。

土地を売りたい末っ子、土地のまま相続したい姉二人

新潟県にお住まいのJさんのケースです。

 

Jさんは、「所有している土地がいくらで売却できるのか査定してほしい」といった主旨で私たちのところに相談に来られました。しかし、お話を伺っていく中でどうにもあいまいな点があり、Jさんに詳しく事情を尋ねたところ「実はその土地は相続問題が絡んでいる」と打ち明けられたのです。

 

少し前にJさんのお母様が亡くなって相続が起こり、遺産分割協議をしたそうなのですが、相続資産の土地をどう分けるかということについて姉弟で揉めているということでした。

 

Jさんは、お兄さんが一人、お姉さんが二人いる、四人兄弟の末っ子です。お兄さんは相続放棄をしているのですが、お姉さん二人とJさんの間で遺産分割の見解に相違があり、信頼関係が壊れてしまったらしいのです。

 

Jさんとしては、土地を全て売却して現金化して遺産を分割したいと考えていたのですが、お姉さんたちは土地を売却することは考えておらず、土地のまま相続したいようなのです。この二つの考え方の違いで三人の仲がかなりこじれてしまっていました。

 

ご相談を受けた土地は相続トラブルを抱えている土地なので、売却するにしてもJさんの一存で決めることはできません。私たちからも「土地を売却するにしても、まずは相続の問題を解決しなければ始まらない」とJさんにお話し、ご姉弟でどのように相続をしたいのか改めて協議が必要だということをお伝えしました。

長女は説得可能な様子だが…立ちはだかる「次女」の壁

Jさんとお姉さんたちの関係性は、かなり深刻な状況でした。Jさんが電話をしても電話口に出てもらえず、話をしたくてもできない状況だったため、私たちが窓口となってお姉さんたちとお話をさせてもらうことになりました。

 

最初にお話できたのは、二人のお姉さんのうちの長女のほうでした。長女は住んでいる場所が関西ということもあり、仮に新潟の土地を相続したとしてもメリットがないということは理解しているようでした。

 

長女は自分が土地をどうしたいという考えがあるのではなく、次女と仲が良いこともあるため「次女が言っているようにするのがいい」という意見でした。そのため、長女については、説得すればおそらくJさんと同じく土地を売却して現金化するという形で協議をまとめられるだろうと考えました。

 

一方、次女ともお話を重ねましたが、次女は土地をそのまま相続することにこだわりを持っている様子でした。というのも、次女の夫が不動産関係の仕事をしていて、その夫から土地として相続することのメリットを聞いていたようなのです。

 

[図表]Jさん一家の家族構成と資産状況

問題点:皆が自分に都合のいい主張を通そうとする

今回のケースで一番大きな問題として挙げられるのは、相続人が各々、自分に都合のいい解釈をして主張をしているという点です。Jさんもお姉さんたちも、客観的な土地の査定をせずに、ご自身に都合のいい試算を持ち寄って話をしていました。

 

次女は「私の欲しい土地は農地のため価値換算したら安くなるはずなので、もっとたくさん土地が欲しい」と言い、Jさんは「もし市場に出したら、このくらいの価値があるはず」と想像で話し、それぞれが客観的なデータも持たずに自身の要望ばかりを主張しているような状態でした。そのため、感情的になってしまって話し合いにならず、解決することが難しい状況に陥ってしまっていました。

 

Jさんもお姉さんたちも私たちと個別に話しているときには特に感情的にはならないのですが、姉弟同士の話し合いになるとお互い感情と意見がぶつかり合って収拾がつかなくなるという状況でした。土地の問題というよりも、家族の関係性に問題があったのです。

解決策:話がこじれたときこそ客観的データを重視する

まず私たちからJさんたち姉弟に提案したのは、話し合いのルールを決めるということ。当人たちが直接話し合いをするのではなく、弁護士など代理人を通して話をするというルールを設けました。私たちがJさんの窓口になり、長女や次女はそれぞれ弁護士を窓口にして話を進めていくルールを徹底したのです。このルールにより、皆、冷静にご自身の主張のメリットとデメリットを見つめ直すことができるようになりました。

 

当初、長女は次女と仲が良いからという感情面の理由で、次女側に付いていましたが、次第に客観的に状況を見つめられるようになりました。弁護士を通じた話し合いを重ねてメリットとデメリットをしっかりと比較してもらい、長女は最終的には土地を売却して現金で相続することを決めてくれました。

 

ただ、次女に関しては土地を相続することに強くメリットを感じており、「土地として相続したい」という点は譲れないようでした。

 

並行して私たちが行っていったのは、客観的なデータに基づいた土地の査定です。もともとJさんも長女・次女も、自分の主観的な考えや都合のいいデータをもとに土地の資産価値を算出し、それぞれ異なる試算結果を持ってきて話し合いを行っていました。これも遺産分割協議で揉めてしまった大きな要因として考えられます。現実的な市場価格が出せないことには、公平に資産を分割することもできません。

 

土地の資産価値を算出するには様々な方法があります。そのため査定結果も算出方法により異なります。また、Jさんたちが相続することになった土地がある地域は、地元の土地取引価格に詳しい不動産業者でないと実際の売却価格などの情報を得るのが難しい地域でした。

 

私たちはこの地域にネットワークを持っていたため、過去のデータと現在の市況に基づいてJさんたちが相続する土地の価値を試算しました。算出した土地の査定金額は、自宅と農地を合わせて3,000万円。それらを三つの区画に分割してそれぞれがその土地を相続し、土地を売却して現金化したい場合は私たちの方で買い取らせていただくことを提案しました。

 

Jさんもお姉さんたちも、我々が試算した3,000万円という金額を見たとき「もう少し高いと思っていた」と言っていました。実際のところ、農地には買い手も付きづらいため土地の市場価値は低く、ともすると売却できずに土地を持て余す可能性も多々あります。

 

宅地に整地し直すことで市場価値は上がりますが、農地を宅地に整地するためには相当の費用がかかります。相続財産の中に現金はあまり多くはなく、ご本人たちの費用負担で整地をするのも現実的ではなかったため、私たちが農地のまま買い取ることを提案したのです。

 

Jさんはこの提案を快諾してくれました。次女は「もっと土地が欲しい」と強く主張していましたが、査定に使った過去・現在の不動産市況をデータでお見せして客観的に説明することにより、提示した算出結果が妥当であることを理解していただくことができました。

 

一方、長女は土地を売却して現金化することに同意はしているものの、私たちの査定金額に納得をしきれず、インターネットで不動産の一括査定サイトを使い、高い査定結果が出た不動産会社に話を持っていったようです。しかし、結局は農地であることと地域性から、「この土地を買い取るのは厳しい」と断られてしまったそうです。

 

長女には私たちが現状のまま農地として買い取るというプランだけでなく、農地のまま相続して他の不動産業者に売却する、もしくは整地し宅地にした状態で土地を相続し、後に他の不動産業者に売却する、といった具合にいくつか選択肢をお伝えしました。

 

ただ、どの不動産会社を回ってもあまり良い返事をもらえなかったようで、最終的には長女の土地も農地転用許可を受け、農地のまま私たちが買い取り、現金をお支払いするという形で解決しました。

 

相続の際の分割では、土地の資産価値を路線価や倍率方式を使った相続税評価額で決定することが多いものです。しかし、実際に売却するとなると、相続税評価額では買い取ってもらえないことがほとんどのため、注意が必要です。

 

今回のケースのように各々が独自で算出した資産価値をもとに話し合いをしてしまうと、まとまるものもまとまりません。土地を相続する場合には、客観的なデータや過去の実績を踏まえた市場価値を算出してもらい、それを把握した上で話し合いを進めることが大事だと言えるでしょう。

 

まとめ

不動産会社といえども、その地域の土地勘がないと不動産の価値を見極めることができません。そのため不動産の査定サイトなどでは実際の市場価値を正しくはかれないことがあります。不要な争いを生まないためにも専門家選びは重要です。

 

 

株式会社財産ドック

20の事例でわかる 税理士が知らない不動産オーナーの相続対策

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