相続の中でも、「不動産の承継」では特にトラブルが発生しやすい。物件に同じものは1つとしてないため、問題の争点・解決策は状況によってまったく異なる。そこで本連載では、不動産の相続対策に強みをもつ専門家集団・株式会社財産ドックの編著『20の事例でわかる 税理士が知らない不動産オーナーの相続対策』(クロスメディア・パブリッシング)より一部を抜粋、事例を紹介し、実践的な対策方法を解説していく。

名古屋にある空き家と賃貸アパートがネックだった

埼玉県にお住まいのHさんのケースです。Hさんのご家族には、お父様とお母様、そして妹さんがいます。病気を患っていたお父様の体調が悪くなり、先があまり長くないと医師から伝えられたことをきっかけに、長男であるHさんが私たちの元に相談に来られました。お父様がいくつか不動産を保有しているため、もしお父様が亡くなった場合、どのくらい相続税が発生するのか、まずはそこから知りたいという相談でした。

 

Hさんのお父様は埼玉県に自宅マンションを持っており、他にも、以前住んでいた愛知県名古屋市内にある自宅(相談時は空き家)と、その敷地内にあるワンルームの賃貸アパートを保有していました。

 

相続税のことを考えれば、配偶者であるお母様が不動産を含む財産のほとんどを相続することで配偶者控除の対象となり、支払う税金を抑えることはできるのですが、埼玉に住んでいるお母様が名古屋の賃貸アパートを引き継いで管理することは、お母様の体力的にも物理的にも難しいとHさんは悩んでいるようでした。

 

そのため、相続税の支払いに関することや財産の分け方についてのお話しなどをしていく中で、不動産を今後どのように活用していくのがいいのかということについても検討することになりました。

 

相談を受けて間もなく、お父様は他界され、相続の手続きが始まりました。Hさんの要望は、相続した不動産をうまく活用して、お母様が安定した生活が送れるよう、金銭面での充実を図ることでした。また、将来お母様に万が一のことがあったときの二次相続対策が取れるよう、長期的なスパンで不動産を運営する方法を考えていきたい、そのように望んでいました。

 

そんなHさんの想いを受け、私たちはさっそく不動産の調査を開始しましたが、すぐに大きな問題が判明しました。築年数の問題です。名古屋市内にある元自宅の空き家と賃貸アパートは築46年とかなり古く、そのまま賃貸物件として運営するには修繕費もかさみ、また、空室が多くなってしまう可能性があるなど、あまりにもリスクが高いことがわかったのです。

 

現状を維持しながら長期的に運営していくのは経済的にも非効率だと判断し、私たちからはHさんに売却を視野に入れて考えるよう提案をさせていただきました。

 

しかし、その提案を聞いたHさんから、いずれは名古屋に戻りたいと考えていることを聞かされました。また、お母様も名古屋にある不動産に関しては将来的に長男であるHさんに継いでほしいという強い想いを持っている様子でした。そのため、売却はせずに、現在ある建物を建て替える、もしくはリノベーションして再生させるという方向から、解決策を探すことになったのです。

 

体力的にも難しい…
体力的にも難しい…

問題点1:築古の不動産をどのように活用すべきか

今回のケースで一番の問題点として挙げられるのが、相続した不動産の築年数の古さです。築46年も経過していると、そのままの状態で賃貸アパートとして長期的に運営することは難しいため、何らかの対応が必要でした。

 

築年数が古く管理が難しいのであれば、思い切って売却して現金化するということも有効な選択肢の一つになります。実際、今回の物件は名古屋市の都市部にある不動産ということもあり、売却することはそれほど難しくありません。しかし、いずれ名古屋に戻りたいというHさんの意思と、家を継いでほしいというお母様の強い意向もあり、売却という選択肢をとらずに対応する必要がありました。

問題点2:二次相続を考慮した長期的な相続対策

もう一つの問題点は、二次相続に関することです。不動産は名古屋にありますが、Hさんのお母様、Hさん、Hさんの妹さんは全員関東に住んでいます。

 

先に他界したお父様からは「実家を残してほしい」という意向を伝えられており、その要望に応えるためには、将来的に名古屋に戻りたいと考えている長男であるHさんが、最終的には全ての不動産を引き継ぐ事が望ましいと考えられます。

 

しかし、現在Hさんはサラリーマンであるため、家賃収入を得てしまうと勤め先の規定に違反してしまいます。また、規定に引っかからなかったとしても、税金の面からもデメリットが生じてしまいます。そのため、お父様が亡くなった際の相続では「配偶者の税額軽減」を利用できるように、お母様が財産の多くを相続し、所有するという状態にしました。

 

一方で、Hさんの妹さんにもご両親の財産を相続する権利があります。妹さんも名古屋に頻繁に通うことはできませんし、不動産の運用に関しては興味がなく、名古屋の不動産を相続するメリットはありませんでした。

 

しかし、お母様が亡くなった時の二次相続において兄妹で平等に財産を分けることを考えると、Hさんが不動産を全て引き継ぐ場合は、同等の価値の金融資産などがないと妹さんに財産分割ができなくなってしまうことは明らかです。

 

お母様に現金などの他の資産がないならば、「不動産を売却して現金を分ける」という相続方法になり得ますが、それは、他界されたお父様の意思に反してしまいます。

 

そのため、不動産の管理・運営や重要な判断をHさんにすべてを任せながら、二次相続が円満相続となるための対策を考える必要がありました。

解決策1:近隣の不動産を徹底調査し差別化を図る

今回のケースでは、Hさんたちが売却という選択肢を望まなかったため、建て替え、もしくはリノベーションというアプローチで解決策を考える必要がありました。

 

しかし、建て替えにしてもリノベーションにしても、収益が見込めなければ意味がありません。Hさんが相続した不動産のある地域では、すでにワンルームマンションが数多く供給されていることもあり、賃貸アパートとして新しく建て替えたとしても、入居者を探すのに苦労するかもしれないという懸念がありました。そのため、単純な建て替えやリノベーションを行うのではなく、もう一歩踏み込んだ打開策が必要でした。

 

そこで、私たちは近隣1キロメートル圏内にある賃貸物件全ての調査を行い、他の物件と差別化できるポイントがないか調べることにしました。すると、この地域にはワンルームマンションは多いものの、事業用としても使えるSOHO物件が少ないということがわかったのです。

 

SOHOというのは、スモールオフィス・ホームオフィスの略で、小さなオフィスや自宅などでビジネスを行う事業者を指し、そのような小規模事業者に使われる物件をSOHO物件といいます。相続した不動産のある場所は名古屋市の都市部です。オフィスとして使うことのできる物件は需要が大きいと推測できるため、ワンルームマンションではなくSOHO物件にしてはどうかと考えました。

 

また他物件との差別化のため、建物を建て替えるのではなく、築年数が古いことを逆手に取り、「古い建物の持つ雰囲気を活かす」という明確なコンセプトを持たせた建物にリノベーションをすることも併せて提案しました。建て替えをした方がコストはかからないのですが、ライバル物件との差別化を図る方が長期的な収益につながると考えたからです。

 

Hさんと何度も打ち合わせを行いながら「元の建物の古さを活かしたリノベーション」という方針で改修を進めることに決まりました。もちろんできるだけコストを抑えられるように、設計士と密に連携を取り、必要最低限の予算で収めることは大前提です。

 

結果的にこの案が功を奏し、他の物件にはないビンテージな雰囲気のあるSOHOということで、強気の賃料設定にもかかわらず、完成直後から見事満室にすることに成功しました。

解決策2:法人化して収益を柔軟にコントロール

二次相続について考慮をしつつ、不動産から得られる収益をうまく活用して、お母様の生活上で金銭面の安定を図るために提案したのが「事業の法人化」です。

 

今回のケースで得られる家賃収入は、事業規模としてはそこまで大きくないため、一般的に考えると法人化する必要はありません。ただ、将来的にHさんが不動産の運用や管理をしていくことを考えれば、早いうちからHさんの采配で資産を健全化させておくのが良いですし、法人化することで、不動産の収益からお母様の生活に必要なお金も準備したいという要望にも応えることができます。

 

法人化する場合には、Hさんが代表の法人をつくり、お母様がお父様から相続した不動産を法人に賃貸します。そしてHさんが中心となって不動産の管理・運営を行い、お母様は法人から賃料を受け取ります。賃貸アパートの管理は、息子であるHさんに任せることができます。また、将来的には賃貸アパートを法人に譲渡する予定でいます。お母様は役員報酬を法人から受け取ることで、引き続き生活費を受け取ることができます。

 

二次相続時、Hさんの妹さんにも平等に財産を分けるためには、現金などの分割しやすい資産を準備しておく必要があります。まず、将来的にHさんが不動産を引き継ぐことを前提に、お父様が亡くなった際の相続では不動産以外の現金化しやすい資産を妹さんに多めに相続してもらいました。そして、法人が得た家賃からの収益を妹さんにも役員報酬として渡すことで、妹さんもHさんが引き継いだ不動産と同等の価値の資産を受け取ることができます。

 

さらに言えば、お母様が亡くなったあとで、兄妹で意見がまとまらなくなる可能性もありますから、お母様の意思が確実に反映できるうちに財産の承継の仕方を決めておくという意味でも、法人化という手段が有効だと提案したのです。

 

先に述べたようにHさんのお父様から相続された不動産は、一般的には法人化する規模ではないのですが、Hさんの将来の計画や二次相続を想定した結果の提案でした。はじめは法人化に踏み出せなかったHさんでしたが、その仕組みを丁寧に説明することで、法人化のメリットについて理解していただくことができ、最終的に法人を設立することになったのです。

 

現在Hさんは満室になった物件を管理しながら、うまく法人を運営しています。お母様にも安定した収入が入るようになり、法人化を決断したことに満足しているそうです。

 

古い建物でも、戦略的な差別化を図りながらリノベーションなどをすることで、今あるものを活用した不動産の運用をすることは可能です。今回のケースでは、相談者であるHさんが最終的にどのような形を望んでいるのかという要望を初期の段階から具体的に話し合うことができたため、より満足できる結果につながったのだと考えられます。

 

まとめ

古い建物でも思い入れがあり、手放したくないという思いを持つ方も多くいるでしょう。それぞれの「家」にはそれぞれの事情がありますが、必ず良い解決策は存在するはずです。この例にとらわれずに、最適な解決策を考えていきましょう。

 

 

株式会社財産ドック

20の事例でわかる 税理士が知らない不動産オーナーの相続対策

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