眠る度に寿命を削る…日本人こそ危険「睡眠時無呼吸症候群」

睡眠不足は、「がん」「糖尿病」「心臓病」「認知症」など、数々の重大疾病と強い関連があることが判明してきました。多忙やストレスなどで“極端に”睡眠が足りない人の話だと思ったら大間違いです。2015年の厚生労働省「国民健康・栄養調査」によれば、1日の平均睡眠時間が6時間未満の日本人は、20歳以上で39.5%。つまり、成人の約4割もの人が、睡眠が足りていないのです。本記事では筑波記念病院で副院長・心臓血管外科部長・睡眠呼吸センター長を勤める末松義弘氏が、睡眠不足に伴う「睡眠時無呼吸症候群の危険性」について解説します。

多くの人が気づかず発症する「睡眠時無呼吸症候群」

筆者は1994年に医学部を卒業してから、心臓外科医としてすでに四半世紀働いています。キャリアを積むなかで「睡眠時無呼吸症候群」という言葉はよく知っていましたが、正直なところ、心臓病とどのように関連しているのか、よくわかっていませんでした。

 

心臓外科に関する教科書や専門書には、手術方法は書いてありますが、睡眠時無呼吸症候群というキーワードが載っていることは皆無です。しかし、心臓外科の診療をしているなかで、「大動脈が裂けてしまう急性大動脈解離という病気に対する緊急手術」や、「心房細動という不整脈で脳梗塞を起こしてしまった患者さんに対する外科治療」などを日常的に行っていると、「何故そのような病気になってしまうのか?」という本質に対する疑問が湧き上がってきます。

 

さらには、心臓の手術がうまくいったのにも関わらず心不全を繰り返し、度々再入院するような患者さんをみるにつけ、ほかの患者さんと何が違うのか?と疑問に思っていました。

 

その答えのひとつが、本記事で説明する「睡眠時無呼吸症候群」なのです。

 

数年前からこの事実に気づき、上記の患者さんたちのほとんどが睡眠時無呼吸症候群を合併しているという結果を目の当たりにして茫然としました。同時に、ところどころ抜け落ちた難解なパズルにピースがすべてはまっていくような不思議な感覚を覚えました。

 

循環器疾患、そして心臓血管外科疾患での睡眠時無呼吸症候群に対する認識は、発展途上にあります。循環器に関わる医師や同じ心臓外科医から「何で外科医が睡眠を扱ってるの?」「そんなの関連性あるわけないじゃない?」なんてことをよくいわれますし、筆者の研究や成果が注目されてきたのもつい最近のことです。しかしながら、筆者はいつもこう言います。「心臓外科医としての経験が、睡眠時無呼吸症候群の存在を気づかせてくれた」のです。

 

つまり、心臓や大動脈の外科手術が必要なほど病気が進行してしまった方は、ある意味で睡眠時無呼吸症候群のなかでも「選りすぐりの最重症」の可能性があるのです。免疫力も落ち、がんだけではなく、細菌感染に対する抵抗力も落ちてしまい、感染性心内膜炎という心臓の感染症にもなってしまいます。「えっ、この心臓病もあの心臓病も睡眠時の無呼吸が悪さしてるの?」と驚くくらいに、睡眠時無呼吸が心臓血管疾患に影響しているのです。では解説していきます。

 

◆そもそも「睡眠時無呼吸症候群」とは?

 

欧米では、「ピックウィック症候群」という病気が知られていました。ピックウィックとは、イギリスの作家チャールズ・ディケンズの小説にちなんでつけられた名前です。ここに登場するジョーという少年がとても肥っていて、昼間は居眠りばかりしていることに由来しています。

 

ピックウィック症候群は、過度の肥満、日中の強い眠気、睡眠中の異常な呼吸、心不全症状などが特徴です。当初は心肺の病気と考えられていましたが、原因は睡眠中に何度も繰り返す無呼吸であることが判明しました。のちの研究で、この病気を患っている人の平均寿命が短いことや、さらに交通事故、失業、離婚にまで影響することがわかり、注目を集めるようになってきました。

 

そして1976年、アメリカの故クリスチャン・ギルミノー博士により、眠っている間の無呼吸と、それに伴う大いびきのせいで、睡眠障害をきたしている状態が「睡眠時無呼吸症候群」と定義づけられました。

 

寝ている間に現れる症状ですので、無自覚のうちに睡眠時無呼吸症候群になりながらも、その病名自体を知らない患者さんは非常に多いと考えられています。実際、日本国内での潜在患者は300~500万人に上るともいわれており、とても身近な生活習慣病のひとつなのです。

 

たとえ、普段6~7時間の睡眠を取り、「十分眠っている」と考えている人でも、実はわずかに足りておらず、その蓄積によって命に関わる病のリスクを高めたり、日々の活動のパフォーマンスを劣化させたりしていることが明らかになっています。今、世界の研究者たちは、この「わずかな睡眠不足が積みあがっていく現象」を「睡眠負債」と名付け、その解消こそ健康長寿に欠かせないと指摘しています(この言葉は、2017年、NHKスペシャルで取り上げられたのをきっかけとして、ユーキャン新語・流行語大賞トップ10に選ばれ、注目を集めています)。

 

睡眠負債は、仕事の生産性を下げることもわかっています。ランド研究所・ヨーロッパが、2016年レポートのなかで、睡眠時間が6時間未満の人が7時間の睡眠をとった場合、年間でどの程度の経済的な社会損失が改善されるかを推計しています。それによると、日本を含む5ヵ国をGDP比で考えた場合、日本はトップでGDPの2.92%(2018年1月の為替レートで、ほぼ15兆1800億円)が改善されるという結果となりました。つまり、日本は現在、睡眠負債によって、約15兆円の経済損失を出しているのです。

 

アメリカでは、自動車の交通事故と睡眠の関係が研究されています。交通安全を推進するアメリカの非営利団体(AAA Foundation for Traffic Safety)の2016年の報告によれば、過去24時間で7時間以上の睡眠をとっていたドライバーの事故確率を1とすると、6時間~6時間59分の睡眠時間で1.3倍、4時間未満の睡眠時間では11.5倍にまでなると推定されています。

 

睡眠の重要性
睡眠の重要性

睡眠時無呼吸症候群による「睡眠負債と血圧サージ」

血圧が高い状態が続く「高血圧」の患者数は、日本人のおよそ1割といわれています。ところが最近、健康診断では「血圧が正常」とされる人のなかに、あるタイミングだけ、まるで高波のような血圧の急上昇(サージ)を起こしている人がいることがわかってきました。そして、日常的にサージが起きると、慢性的に血圧が高い、いわゆる「高血圧」だけの人より臓器や血管の老化が進み、脳卒中などのリスクが高くなる可能性も判明したのです。最新の調査からは、サージのリスクを抱える人は1000万人以上に及ぶとも推計されています。

 

世界の研究者は、「短時間だけ血圧が上昇する現象」を「血圧サージ」と名付け注目しています。こちらも「睡眠負債」と同じ年に、NHKスペシャルで取り上げられ、話題になりました。

 

この「睡眠負債」と「血圧サージ」は、直接因果関係はないように思えますが、これこそ「睡眠時無呼吸症候群」が引き起こす代表的な病態なのです。

 

睡眠時無呼吸症候群の患者さんは、夜間に繰り返し起こる無呼吸により、身体が低酸素状態となります。息が苦しくなって夜中に何度も目が覚めてしまうことにより、質の良い睡眠が妨げられ、脳や身体の疲労が完全に回復できなくなり、日中の眠気を増加させます。このため睡眠時間だけでなく睡眠の質による「睡眠負債」を引き起こします。「睡眠負債」の怖さは先ほど述べたとおりで、経済的損失だけでなく、交通事故などを引き起こし他人の命をも脅かしてしまうのです。

 

夜間は本来、副交感神経系が優位になって血圧は日中よりも低くなるのが普通です。しかし、睡眠時無呼吸の発作を繰り返すと、交感神経系が優位となり血圧は上昇します。さらに発作時の低酸素症も相まって、血圧の急上昇・急降下が起き、血管が傷つけられ、脳卒中や心筋梗塞の引き金になる可能性が高まります。

 

重症の睡眠時無呼吸症候群の患者さんでは、生命予後の悪いことが指摘されています。その大きな原因となっているのが、(睡眠時無呼吸症候群にもたらされる)血圧サージによる心臓血管疾患をはじめとした循環器疾患であるといわれています。「睡眠負債」と「血圧サージ」は互いにオーバーラップしていることも多く、明確に線引きすることはできませんが、これらを引き起こす睡眠時無呼吸症候群はとても深刻な病気といえるのです。


◆睡眠時無呼吸症候群の怖さを知り、十分な予防を

 

医療には疾患の予防に視点をおいた「アップストリーム(上流)治療」と、疾病制御に視点をおいた「ダウンストリーム(下流)治療」というものがあります。多くの外科治療というのはまさしく「ダウンストリーム治療」になるわけですが、その後の患者さんの予後を考慮した場合、疾患の本質を治療もしくは予防しなければいけない「アップストリーム治療」が必要であることはいうまでもありません。

 

たとえば、肺がんになってしまった喫煙者の患者さんに「禁煙指導」するのは当たり前のことです。なかには禁煙出来ない患者さんの手術を拒否する病院だってあります。心臓や大血管の疾患も同じです。筆者の専門領域である循環器疾患のなかで、どれほど睡眠時無呼吸症候群が怖い病気であり、治療していかなければならないかを患者さん方や一般の方に啓蒙することがとても重要なのです。

 

2010年に日本循環器学会からの「循環器領域における睡眠呼吸障害の診断・治療に関するガイドライン」が示され、循環器睡眠呼吸障害という枠組みでの診断、治療指針が出されていますが、その認知度はとても低いのが現状です。

 

筆者はこの分野を「心臓血管外科SDB(睡眠呼吸障害)」と名付け啓蒙活動を続けています一般の患者さんだけでなく、ほかの心臓外科医、一般内科の勤務医や開業されておられる先生方にも、この疾患に対する治療の重要性を理解していただきたいと考えています。

 

 

末松 義弘

筑波記念病院 副院長・心臓血管外科部長・睡眠呼吸センター長

 

筑波記念病院 副院長・心臓血管外科部長・睡眠呼吸センター長 

東京大学大学院卒。医学博士。
1994年より名古屋医療センター、国立循環器病研究センターに勤務。その後、東京大学医学部附属病院、アメリカ・ハーバード大学、カナダ・ウェスタンオンタリオ大学にて心臓血管外科医としての実績を積み、2008年より筑波記念病院にて現職に就く。小切開下左心耳閉鎖術や新しい大動脈解離手術を開発し、世界から注目されている。

著書に『その睡眠が寿命を縮める』(幻冬舎MC)など。

著者紹介

医療と社会の間に生じる諸問題をガバナンスという視点から研究し、その成果を社会に発信していく特定非営利活動法人「医療ガバナンス研究所」による学会。「官でない公」を体現する次世代の研究者の育成を目的とし、全国の医療従事者が会員として名を連ねている。

著者紹介

連載医療従事者が本音で語る「日本社会」の現状

本連載は、医療ガバナンス学会のメールマガジンを転載したものです。記載されているデータおよび各種制度の情報はいずれも執筆時点のものであり、今後変更される可能性があります。あらかじめご了承ください。

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