一方的に想いが高ぶり、SNSでストーカー行為
40代で独り身のNさんは、家族をもたない寂しさを慰めるため、仕事を終えてマンションに戻ると睡魔に襲われるまで、毎晩、飽きることなくお気に入りのSNSを眺め続けていました。そのSNSは、Nさんの高校時代の同級生たちがクローズドな形にグループ設定をして交流の手段として利用していたものであり、夜になると活発なやりとりが行われていました。
それを見ている間は、Nさんはまるで昔の仲間に囲まれているかのような気持ちになり、自らの孤独を忘れることができたのです(ただし、Nさんは子どもの頃からどちらかといえば性格の暗いタイプであり、同級生たちとも積極的に交流していたわけではありません。SNSでも自分から発言することはほとんどありませんでした)。
あるとき、NさんがいつものようにSNSを覗くと、一本のメッセージが目に飛び込んできました。
《みんな、久しぶり、覚えている? S子よ。○子に教えてもらって、ここを知ったの。今日から私も参加するからよろしくね。実は最近、バツイチになってしまって……もし誰かいい人いたら紹介してね! あっ、子どもはいないから》
「S子ちゃん!」Nさんはメッセージ内にあった女性の名前を思わず口に出していました。何を隠そう、S子さんはNさんが人生で初めて恋心を抱いた遠い昔の“想い人”だったのです。Nさんは思いました。
“これまで、なぜ自分は結婚できないのだろうと不思議に思っていたが、その理由が今わかった。S子ちゃんと結ばれる運命だったからだ。彼女が離婚し、そしてこのSNSを知ったのも、二十数年の時を越えて自分と再会し一緒になれるよう天が導いたからに違いない”
頭の中があらぬ妄想でいっぱいになったNさんは、次の瞬間、突拍子もない行動に出ました。SNSのメッセージ機能を使って、いきなりS子さんに結婚を申し込んだのです。
当然のことながら、Nさんのこの突然のプロポーズはS子さんに拒絶されました。しかし、Nさんは、以後も、「あなたと私は結ばれる運命なのだ」「神様がそう決めたのです」「お互い年が年なのだから早く一緒に子どもを作りましょう」などというメッセージを、ひたすら毎日、執拗に送り続けたのです。
「お願いだから、もう送らないでちょうだい!」とS子さんが拒否しているのも構わずに。
「桶川ストーカー殺人事件」が規制のきっかけに
一読してすぐに、「Nさんの行為はストーカーとして処罰されるのではないか」と感じた人もいるかもしれません。
そうした「ストーカー行為は違法であり、刑罰を科されることもある」という認識が、今の日本では一般化しています。しかし、ストーカーという言葉が広く知られ、法規制の対象になったのはそれほど遠い昔のことではありません。
ストーカーが社会問題化し、その規制が強く求められるようになったのは、まだ20年前のことです。そのきっかけとなったのは1999年に起きた「桶川ストーカー殺人事件」でした。次が同事件の概要です。
「被害者女子大生の交際相手だった男Aが、交際を絶たれたことを逆恨みし、被害者に対し、兄たちとともにストーカー行為を繰り返した。その後、被害者側が埼玉県警察に届け出たが、警察側は必要な措置を取らなかった。1999年10月26日、加害者らが共謀の上、桶川駅西口で被害者を刺殺した」
この事件で、ストーカー被害を訴えた女子大生への警察の対応があまりにもずさんであり、そのために被害女性の死を招いたことがマスコミや世間の大きな批判を浴び、2000年に「ストーカー規制法(ストーカー行為等の規制等に関する法律 )」が成立することになったのです。
ストーカー規制法で処罰の対象とされる行為とは?
このストーカー規制法では「①つきまとい等」と「②ストーカー行為」の2つを規制の対象としています。ちなみに、同法の中身について警視庁のオフィシャルサイトにはわかりやすくまとめられています。その記事をもとに説明すると、まず、「①つきまとい等」とは次のような行為です。
「特定の者に対する恋愛感情その他の好意の感情またはそれが満たされなかったことに対する怨恨の感情を充足する目的で、その特定の者またはその家族等に対して行う、以下のア~クの行為
ア つきまとい・待ち伏せ・押し掛け・うろつき等
イ 監視していると告げる行為
ウ 面会や交際の要求
エ 乱暴な言動
オ 無言電話、拒否後の連続した電話・ファクシミリ・電子メール・SNS等
カ 汚物等の送付
キ 名誉を傷つける
ク 性的しゅう恥心の侵害
たとえば、「オ 無言電話、拒否後の連続した電話・ファクシミリ・電子メール・SNS等」の例として、警視庁のサイトでは以下のような行為が示されています。
●電話をかけてくるが、何も告げない。(無言電話)
●拒否しているにもかかわらず、携帯電話や会社、自宅に何度も電話をかけてくる。
●拒否しているにもかかわらず、何度もファクシミリや電子メール・SNS等を送信してくる。
そして、「②ストーカー行為」とは、これらの「つきまとい等」を同一の者に対し繰り返して行うことと規定されています。ただし、右のアからエ及びオ(電子メールの送受信に係る部分に限る)までの行為については、身体の安全、住居等の平穏もしくは名誉が害され、または行動の自由が著しく害される不安を覚えさせるような方法により行われた場合に限られています。
以上のような「①つきまとい等」と「②ストーカー行為」の定義からみると、先のケースのNさんは、恋愛感情をもって、S子さんが拒否しているにもかかわらず一方的にメッセージをしつこく送り続けていることから、ストーカー行為に該当することになると言えるでしょう。
ストーカーと認められれば警察から警告が発される
では、ストーカー規制法によりストーカー行為と認められた場合、どのような処分を受けることになるのでしょうか。
まず、被害者が最寄りの警察署に届け出れば、警察署長等から加害者に対して「ストーカー行為を行ってはならない」と警告が発されます。この警告を無視してストーカー行為が続けられれば、通常は逮捕されることになります。
また、警告とは別に都道府県公安委員会から禁止命令が発されることもあります。それから、ストーカー行為をしたこと自体が刑罰の対象になりますし、禁止命令に違反してストーカー行為をすればさらに重たい罰を科されることになります。
このように、ストーカー加害者に対しては、厳しいペナルティーが与えられます。女性に対する思いが募るあまり、知らず知らずのうちにストーカー行為をしてしまうこともあるかもしれません。相手から明らかな拒絶の意思を示された場合には、それ以上しつこく連絡したり、つきまとうような真似はせず、潔く身を退いて別の新たな出会いを求めましょう。
ストーカー被害者はパートナーにも警戒を促す
ストーカーに関しては、男性が加害者ではなく被害者の立場になる可能性もあります。その場合の対策方法についても簡単に触れておきましょう。
まずは、すぐに警察に相談することです。受けている被害の程度が大きければ被害届を出し、警告さらには禁止命令を発してもらうことも必要となるでしょう。また、妻や恋人などパートナーの女性がいる場合には、自らがストーカー行為の被害にあっていることを打ち明けておいたほうがよいでしょう。
そもそも、男性がストーカー行為を受けているケースでは、もともと相手の女性との間に浅からぬ関係が存在していたような場合が少なくありません。そして、その関係性のなかで、男性から「あっさりと別れを告げられた」「一時的な性欲のはけ口として利用されていた」などといった心情やプライドを強く害されるようなことがあったために、怒りや憎しみ、復讐心、執着心などから、やむにやまれずストーカー行為に出ている女性も多いのです。
もちろん、他方で、男性側には全く問題がなく、女性の過度の思い込みや誤解などが原因となっている例も多いでしょう。
いずれにせよ、ストーカー行為を行っている女性は抑え難い感情や思いを抱えているため、どんな衝動的な行動をとるかわかりません。そうした危険な事態から、パートナーの女性を守るためにも、現状に関する詳細を伝えて十分な警戒を促しておく必要があるのです。