いつの時代にも尽きない「離婚トラブル」。離婚を決心するだけでも大変なのに、相手が非を認めない、なかなか合意してくれない、条件が折り合わない…など、その先にはさまざまな壁が立ちはだかります。本連載では、西村隆志法律事務所・西村隆志氏の書籍『キッチリけりがつく離婚術』(東邦出版)より一部を抜粋し、実際の事例を紹介しながら、対処法を解説します。

「多忙な仕事」を理由に育児をしてこなかった元夫

【裁判で親権を夫に取られてしまいました。納得がいきません】

 

奈央さん(41)が長女を産んだのは9年前、32歳のときのことです。出生時、奈央さんは妊娠前まで勤めていた会社を辞め、専業主婦として育児に専念していました。夫は仕事が多忙で、家事、育児を分担するつもりはまったくない様子でした。

 

奈央さんはかねてから臨床心理士の仕事に興味があり、娘が1歳になったタイミングで大学院に通い始めることにしました。保育園に預けることはできましたが、休日の補講などの折は、近所に住む奈央さんの実家に娘を預けることもありました。ただ頻度が増えると申し訳なく、たまにベビーシッターサービスを利用して、切り抜けました。

 

家事や育児をまったくしようとしない夫とはよくけんかするようになり、会話を交わさない状況にまで関係が冷え込んでしまいました。多忙な仕事を理由にいっこうに態度をあらためる様子がない夫に業(ごう)を煮やした奈央さんは、夫の了解を得ないまま、娘を連れて家を出ていきました。娘が2歳のときのことでした。

 

その後、離婚をすることになったものの、親権をめぐって争いが生じました。夫は長女が連れ出された直後からあらゆる法的手段を使って長女との生活を切望しました。その後、夫は裁判に訴え、年間100日の面会交流の計画を立て、裁判所はそれを評価して、親権者を夫に指定しました。納得のいかない奈央さんは高等裁判所に不服を申し立てました。

 

家事育児を放棄していた夫
家事育児を放棄していた夫

 

◆親権者を決定するうえで、面会交流への対応がどれほど影響を与えるのか

 

この事例と似た実際の裁判事例があります。そちらはニュースで取り上げられるなど著名ですので、ご存じの方もいらっしゃると思います。実際の裁判において、親権者の判断は第1審と第2審で分かれました。

 

【1審(家庭裁判所)の判断】

・妻は、夫の了解なく長女を連れ出し、以降5年10か月の間に6回程度しか面会交流に応じておらず、今後も月1回程度の面会交流を希望している。

・夫は、長女が連れ出された直後から、さまざまな法的手段に訴え、長女を取り戻そうとし、長女との生活を切望している。

・夫は、整った環境で周到に監護する計画と意欲をもっている。

・夫は、緊密な親子関係の継続を重視して、年間100日に及ぶ面会交流の計画を提示している。

 

などの事情から、長女の健全な成長を願う父が用意する整った環境で、現在の環境より劣悪な環境に置かれるわけではなく、長女が両親の愛情を受けて健全に成長するには、父を親権者にすることが相当であると判断し、夫を親権者に指定しました。

 

【2審(高等裁判所)の判断】

1審の判断に対して、2審では、

 

・これまでの子の監護養育状況、子の現状と父母との関係、父母それぞれの監護能力や監護環境、監護に対する意欲、子の意思、その他の子の健全な育成に関する事情を総合的に考慮して、子の利益の観点から定めるべきである。

・面会交流の頻度は、親権者決定の考慮事情の一つではあるが、父母の離婚後の非監護権者との面会交流だけで子の健全な育成や子の利益が確保されるわけではないから、面会交流についての意向は、他の諸事情より重要性が高いともいえない。

 

との判断基準を示しました。結論としては、

 

・父宅と母宅とは片道2時間半程度離れており、小学校3年生の長女が、年間100日の面会交流のたびに往復するとすれば、身体への負担のほか、学校行事への参加、学校や近所の友だちとの交流等にも支障が生じるおそれがあり、必ずしも長女の健全な育成にとって利益になるとはかぎらない。

・他方、母の希望する月1回程度の頻度で面会交流を再開することが、長女の健全な育成にとって不十分であり長女の利益を害するとは認められない。

・長女の現在の監護養育状況にその健全な育成上大きな問題はなく、長女の利益の観点からみて、長女に転居及び転校をさせて現在の監護養育環境を変更しなければならないような必要性があるとの事情が見当たらない。

 

と判断して、長女の利益をもっとも優先して考慮すれば、長女の親権者は母と定めるのが相当であるとしました。この結論は最高裁にも支持され、親権者を母親とすることが確定しました。

 

このように、面会交流は、あくまで、親権者を決める一つの要素とはなりますが、その他の事情よりも重要性が高いものではなく、面会交流の実施頻度が少ない、または、一切実施していなかったとしても、それだけで親権者が決定されることはないと考えられます。

「子どもの意思」と「養育監護状況」が親権の肝

◆事例に対するコメント

 

別居を考える際に、勝手に子どもを連れて別居をしていいかを悩む方は多いと思います。妻が夫に無断で子どもを連れて別居を開始し、子どもが妻のもとでの生活に慣れ、住環境や学校環境などが整えられることで、夫による子どもの引渡しや夫に親権が認められない事例が数多くありますが、この点についても、先述の第2審は、

 

「妻が長女を連れて別居したのは、長女が2歳で、業務で多忙な夫に長女の監護をゆだねることは困難であったと認められるし、その前後の時期、婚姻関係も険悪で破綻に瀕(ひん)していたものであるから、長女の今後の監護についてあらかじめ協議することも困難であったと認められる。したがって、妻が別居にあたり幼い長女を放置せずに連れていったことやその後の面会交流についての妻の対応をもって、長女の利益の観点からみて、妻が親権者にふさわしくないとは認めがたい」

 

と判断し、子どもを連れて別居をした母親に不利な判断は行いませんでした。

 

親権者を父母どちらにするかは、あくまで子どもの利益の観点から判断されることになります。奈央さんのように、父母どちらにも養育監護のうえで大きな問題がない場合には、子どもの意思(特に10歳程度以上の場合)と同居時及び別居後の養育監護状況が重要になりますので、家事育児の大半を妻が行っている家庭では、やはり母親が親権を取りやすい状況であるといえるでしょう。

 

しかし、母親がなんらかの事情で父親のもとに子どもを残して別居をし、その後、父親のもとで子どもが安定した生活を継続して送っているような事情があると、同居時の主たる監護者が母親であったとしても、父親が親権者と認められる可能性が十分にあります。

 

この場合に、子どもとの生活を送りたいと考えて、別居後の面会交流時などに、現に継続的に監護養育している親に無断で子どもを連れて帰り、強引に自身のもとで子どもを監護養育する状況をつくり出しても、その監護養育状態は違法につくり出されたものと評価されて、親権者の指定のうえでは有利には働かず、むしろ不利に働くことが多いと考えらえます。

 

そのため、家庭裁判所への子の引渡しの申立てなどを行い、適法に子どもの引渡しを求める必要があります(子どもの引渡しについては、次回の事例を参照ください)。

 

子どもの健全な発達の面から考えると、両親の争いは少ないほうが望ましいことは明らかで、別居時にも、どちらが子どもを監護するのかを話し合うことが望ましいことはいうまでもありません。

 

たとえそれがむずかしい状況であったしても、別居後に子どもの監護養育にふさわしい環境を整え、また父親と子どもの面会交流を実施するなど、適切な対応を行っていれば、現状の裁判所の傾向からすると、別居時に夫に無断で子どもも一緒に連れていったがために親権を得られないという事態にはなりにくいと考えられます。したがって、事例の奈央さんの場合も1審(家庭裁判所)の判断がくつがえる可能性はあります。

 

 

西村 隆志

西村隆志法律事務所 弁護士/事業承継士/上級相続診断士

 

本連載で紹介する事例はフィクションです(実際の裁判例は除く)。登場する人物・団体・名称等は架空のものであり、実在の人物のものとは関係ありません。また、本連載は2019年8月5日刊行の書籍『キッチリけりがつく離婚術』(東邦出版)の一部を抜粋・再編集した記事です。最新の法令等には対応していない場合もございますので、予めご了承ください。

財産分与・慰謝料・親権に強い弁護士が明かす キッチリけりがつく離婚術

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西村隆志、山岡慎二、福光真紀、畝岡遼太郎

東邦出版

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